名古屋の中心部に繊維問屋街があります。かつては大変に賑わっていた問屋街ですが、現在は廃業した店舗も多く寂れています。この問屋街の一角に繊維雑貨の現金小売を今でも行っている会社があります。
創業は戦前に遡り、最盛期には従業員も100名を超えていましたが、流通革命の流れで事業規模は縮小し、現在は10数名の従業員で事業を行っています。
現在の社長は3代目で30代と若く、元は今の事業とは畑違いの人物で、理系大学院を卒業し、大手製薬メーカーの研究所で薬の研究開発をしていました。
そんな中、2年前父親である二代目社長がある日突然病気で亡くなりました。社内に事業を継ぐ人材がいなかった為、勤めていた研究職を捨て、事業を継ぐこととなったのです。
知識、経験が全くない世界へ飛び込んだのは大変な決断でしたが、2年が経過した現在では、引き継いだ事業を改革し、自らが考えた将来のビジョンと夢を語り、新人採用ができる状況にまで立て直しています。リクルートのリクナビで採用募集したところ、2名の採用枠に100名もの応募があったそうです。
2年前、社長になってまず実施したのは、数字で経営の実態把握をすることでした。売上・仕入・在庫・粗利について商品別に得意のエクセルを使って管理し、毎月の営業利益は、会計事務所に月次決算を依頼し、把握することとしました。
荒れていた売場を社長が先頭に立ち、社員全員で整理整頓を行いました。不良在庫の処分も思い切って行ったそうです。
数ヶ月程前、筆者が社長の案内で、店を見学したのは平日の午後1時頃でしたが、ワンフロア30坪程度の5Fまでの売り場は結構お客様(多くが中高年の女性)が入っていました。1Fに2台あるレジが1台休止していて、買い物の精算待ちでお客様数名が待たされていました。
その状況を見た社長が自らレジに立ち、「お客様どうぞ」といって対応していました。レジを打っていた女性従業員が商品の値段が分からず「社長ちょっと」と言って訊ねたところ、社長は即座に値段を答えていたのにも大変驚きました。
「たくさんの商品を扱っているのに、よく値段を憶えておられますね」と声を掛けると「仕入が命で、自分が担当しているので売値も頭に入っています」と即答されました。
社長は商売センスも良く、アイデアマンで実行力があります。創業記念の売出しに、初めての試みで、なじみのお客様の住所を整理し、DMを2000通送りました。するとなんと450人が来店してくださり、売出し初日は大変な数のお客様で賑わったといいます。
また顧客サービスの充実策としてお店の隣のビルのワンフロアを借りてミシンを数台設置し、縫製と手直しも始めています。また社長自身、商店街活性化の若手経営者としての活動も開始しています。とにかく社長は忙しく、朝7時半に会社に出社し店を開け、夜は10時半まで仕事をするという生活がこの2年間続いています。
筆者は、社長が大手製薬メーカー研究職を辞め、後を継ぐと言ったとき「一時的にはやむを得ないとしても、一生の仕事にするかどうか良く考えてみてください」とアドバイスをしました。今回、店を訪問するまで、社長が年中無休のお店でこんなにも夢中になって仕事にのめりこむのがよく理解できませんでした。
社長がかつて、製薬メーカーの研究職としての仕事をしていて、未知の出来事に納得のいくまでのめりこむ性格であることは想像していました。しかし、筆者がこれだなと思ったのは本社の入り口に掲げられた創業者の商売心得を2代目の社長がまとめた次の様な社是でした。
1.ご来店のお客様に適品と廉価と夢を提供し、
喜んで頂く店になって社会に奉仕しよう
1.おしゃれ洋品に強くなろう
1.そして名古屋一流の純粋前売問屋を目指す
社長は筆者に「創業者の祖父、二代目の父親はこんな思いで事業を行っていたんです」としみじみと尊敬の念を持って語ってくれました。
余談ですが、社長は最近とても嬉しい出来事として、女性下着の一流ブランド・ワコールとの取引が出来るようになったといいます。前述の社是を見たワコールの社員にこんな理念を持って商売に励んでいる会社であれば取引をしても間違いないといってもらえたのだと、語ってくれました。
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筆者紹介
- アタックスグループ 代表パートナー公認会計士・税理士 丸山 弘昭
- 数百社のクライアントについて「経営のドクター」として、経営・税務顧問、経営管理制度の構築・改善、経営戦略・経営計画策定、相続対策・事業承継、M&Aなどを中心としたコンサルティング業務に従事。幅広いネットワークと数多くの実績を生かし、経営者の参謀役、「社長の最良の相談相手」として活躍中。
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