「事業承継」という言葉が頻繁に使われるようになって久しいですね。
高度経済成長期の起業が多かった時代に創業した会社もそうですが二度目三度目の経営のバトンタッチ期を迎える会社に事業承継の重心が移ってきているように私は感じます。
以前のバトンタッチ期に、事業承継の「肝」が前の経営者から現在の経営者に伝達されていない会社は、それにゼロベースで取り組むことになり、苦労されています。
「事業承継」に偏ったイメージを持っていないか?
いまさらながら「事業承継」という言葉をネット検索してみると、まずM&A仲介のリスティング広告が検索結果上位にいくつも並びます。
M&A仲介ビジネスを展開する人たちにとっては絶好のビジネス機会ということでしょう。
その下に、国や都道府県関係の政策ページが続きます。
会社や雇用者の数で言えば日本経済の中核を占める中小企業の経営をいかに次世代に承継させるかは、国策として大変重要だということです。
つまり、ネットの検索結果に表れている通り、外部の人たちが会社を支援できるのは、株式の売買や、株価対策、経営権の移転を後押しする、といった外科的な対応でありその範囲は限定的です。
また、事業承継は、江戸や明治の時代から商売や屋号を継いできたほんの一握りの商家のイメージや、大正・昭和と創業家内で経営を継ぐことのできた特殊な時代のイメージから、オーナー家だけの問題と考えられがちです。
事業承継は、経営支配権や財産価値の問題ではない
しかし、これからは、「経営力のある会社」が存続し、「経営力のある人」が経営を承継することが当たり前となり、事業承継の頻度が高まることが予想されます。
そもそも事業承継は経営の支配権や株式の財産価値だけの話ではありません。
そして、ある日突然目の前に現れる事象ということでもありません。
事業承継も「経営」に含まれる一つの要素として、経営者や幹部が自律的・計画的に備えることが大切です。
そこで、今回は事業承継を経営者や幹部のリーダーシップの問題として考えてみたいと思います。
良い事業承継に備える、経営幹部のリーダーシップのあり方とは?
会社とは、その企業規模にかかわらず、事業を「作り・駆動させ、磨き込み、変革を加える」ことを繰り返す運動体です。そして、この運動体を「老化・陳腐化させない」「活性化状態を保ち続ける」ことが、経営の重要な要素を占めています。
これが普段から経営者や幹部、大株主に知覚され、オープンに経営の中で議論されていれば「事業承継、これは一大事!」ということにはなりませんし、政策やM&A仲介業者のリードに、大切な事業承継を委ねる必要もないはずです。
では、良い事業承継を行うために何をすべきか。
それは、経営者や幹部のリーダーシップのあり方を日頃から見つめ直すことです。
リーダーシップを仮に次の6つと定義してみましょう。
②組織・人心を掌握する
③人材を育成する
④データを起点とした思考で経営管理する
⑤問題設定により常に水平的進歩を図る
⑥問題創造により垂直的進歩を考え、試行する
リーダーシップ①②:今の事業を駆動する/組織・人心を掌握する
①と②はどの会社も当然のように取り組まれておられることでしょうから、私がいまさらお伝えできることはありません。
(③は後述します)
リーダーシップ④:データを起点とした思考で経営管理する
これは5のための要件です。
良質な問題設定を行い、競争力の向上を図るには、適切な視点によるデータ収集・分析に基づき意思決定が行われる経営管理が欠かせません。
※これらを、最近では“データドリブン”と表現します。
大手IT企業のようにビッグデータを扱うことはできないまでも、売上額や粗利額、粗利率などの基礎的な経営管理だけでは、複雑な経営活動を俯瞰し、重要点を凝視することはできないと思います。
リーダーシップ⑤:問題設定により常に水平的進歩を図る
水平的進歩とは、成功例を他(市場・事業等)へ展開することで、これは経営者や幹部だからこそ担うことのできる大切な役割ですが、これを幹部の役割として明確に定義しておられる会社は多くありません。
会社が役割として定義しなければ当然、幹部の役割に対する自覚も高まりませんし、能力開発も進まないでしょう。
そのような会社は徐々に老化・陳腐化していくリスクが高いでしょうし、何かの問題が表面化することによってある日突然それに気づくということになりかねません。
リーダーシップ⑥:問題創造により垂直的進歩を考え、試行する
ピーター・ティールが言う「1toNの水平的進歩でなく、0to1の垂直的進歩」です。
※垂直的進歩とは、テクノロジ―等でゼロから1を生み出すこと。
「言うは易く行うは難し」ですが、まさに経営者のライフ・ワークとも言うべき重要な役割ではないでしょうか。
リーダーシップ③:人材を育成する
多くの会社が人材育成に心血を注いでおられることでしょう。
ただし、「①今の事業を駆動する」「②組織・人心を掌握する」人材を育てることに能力開発が偏っているとしたら問題です。
いかに「④データを起点とした思考で経営管理する」「⑤問題設定により常に水平的進歩を図る」「⑥問題創造により垂直的進歩を考え、試行する」という発展形の人材を育てるのか、これが、経営にとって極めて大切なテーマだと思います。
短期的な業績を作り上げてくれる人材、部下から信頼される人材は、これまでの育成方法でも一定の割合で育て上げられるでしょう。
一方で、④⑤⑥の人材を育成するには経営者の人材育成への欲求や熱意、教育方法や幹部への期待役割などから根本的に見直すことが必要だと思います。
経営にとって本質的に大切なこと
以上のような経営にとって大切なことが普段の活動を通じて知覚され、施策が企画され、それが実行されていれば、いざ事業承継期を迎えたとしても何も慌てることはありません。
現経営者の若いご子息を経営者に迎える、外部から経営者を招聘する、新しい株主を迎える、他社の子会社になる、幹部が株主から会社をバイアウトする。
いろいろな形の事業承継の可能性を、当事者自身が、吟味・検討・選別することができるでしょう。
事業承継に外部からの過剰なサポートや介入が必要なのは、日頃の活動そのものに、経営を進化させる視点が抜け落ちているからに他ならないのですから。
筆者紹介
- 株式会社アタックス・ビジネス・コンサルティング 取締役 廣瀬 明
- 1968年生まれ。企業再生、財務・事業デューデリジェンス業務、M&A、株式公開のサポート等に従事。中堅中小企業への豊富な支援業務を通じて培った知識と経験を活かし、現在大阪事務所のプロジェクトマネージャーとして活躍中。
- 廣瀬明の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。