中堅中小企業の経営者と経営相談のセッションを行うと、多方面にわたる社長の悩みを聞かせていただきます。
その中でも今回は、どのビジネスパーソンも悩みを抱える「社員とのコミュニケーション」をテーマにしたいと思います。
実際に行ったセッションをご紹介します。
ある経営者のコーチング事例
この経営者は自動車部品を製造する2代目社長で65歳。
創業者はトップダウン型経営で自分自身もそのやり方を踏襲してきました。
しかし、創業者ほどカリスマ的要素は無いと自覚しており、最近はボトムアップ型経営にチェンジしたいと思われています。
登場するB君は30代後半で今後マネジメント層候補。
(以下筆者岡田と経営者(A)との会話)
○岡田:
以前から部下とのコミュニケーションに悩んでおられましたが、現在はどのように感じておられますか?
●A氏:
私が思うように動いてくれなくて困っています。
B君を新規商品の開発PJのリーダーに任命し、すべてを任せました。
PJ立ち上げ時は私も関与しましたが、その後の進み具合が分からないんですよ。
○岡田:
そうですか。最近、Bさんに報告を求めましたか?
●A氏:
先日声を掛けたが「進んでいます」との答えだったし、その際B君に状況を聞いたのですが発言が少なく不安に思いました。
あれこれ助言したものの、彼に一任している以上、彼の自尊心を傷つけるかもしれないので深く聞いてはいけないとも思っています。
———— 途中省略 ————
○岡田:
そもそも、何故新規商品を開発するんでしたっけ?
●A氏:
そんなこと当たり前でしょ。
当社の生き残りをかけている重要施策ですから。
○岡田:
Bさんの責任と権限は決めていますか?
●A氏:
(半ば怒り気味に)そんなものいるのかな。
B君もそんなの無くったってPJの大切さを分かっているはずだし・・・。
そもそも重要施策と分かっているはずなのにどうして報告がないのかが不思議だ。
○岡田:
「はず」という言葉がありましたが、Bさんは分かっているんですかね?
●A氏:
立ち上げの時に詳しく伝えたんだからわかっている。
○岡田:
(半ば誘導的に)報告が無く心配なら、社長の強権を発動して取り上げるべきではないですか。
●A氏:
確かにそれも考えたが、親父のように社員に厳しく接する勇気がないんです。
○岡田:
では今社長がなすべきことは何でしょうか?
●A氏:
・・・・・(葛藤している様子)
世代や感覚の違う部下が自分の思うようにならないことにイライラが募り、対処法(打ち手)が思いつかないようでした。
この例には幾つか注目すべきポイントがあります。
「何を・いつまで・どの程度」といったゴールセッティングがない。
2.途中で声を掛けるきっかけはあったが、
その際にA氏の思いをBさんに一方的に伝えた可能性がある。
3.A氏はBさんとの面談を持とうとしていない。
Bさんの自尊心を傷つけるといっているが、
面談を持とうとしない言い訳に聞こえる。
4.A氏は待っているのに、「報・連・相」がない。
コミュニケーションに悩む経営者は多いですね。
それぞれの事情によってパターンは違いますが、ここに興味深いデータがあります。
良好な上司と部下の関係とは?
「何が良好な上司と部下の関係をつくるのか?」
という、世界15か国を対象にした意識調査結果です。
●「直属の上司との関係がどれくらい良好か?」の質問に対し
「4.良好」から「1.良好ではない」の4択で回答した結果、
日本は2.90で調査15か国中最下位です。●「上司と部下の会話の量」では、
「ほぼ毎日話している・週に数回話している」
の合計では日本は15か国中4位です。●「上司と部下の会話の質」では、
「上司が話している時間が長い」で上位4位です。※出所
株式会社コーチ・エイ コーチング研究所
「組織とリーダーに関するグローバル価値観調査2015」
この事から、次のことが考えられます。
・多くの部下は上司との関係が良くないと感じている
・上司との会話量は多いが、上司が一方的に話している時間が長い
上司が自分の成功体験や過去の経験則を話すことは否定しませんが、聞かれていないのに雄弁になることは部下からすると滑稽に映っているかもしれません。
上司と部下のコミュニケーション方法
セッション事例であげた1~4のポイントはかなり根が深い問題です。
特に4の「報・連・相」が無いことは重大な問題です。
この言葉を最初に使ったのは山種証券の山崎富治氏です。
著書において
「管理職が嫌な情報・喜ばしくないデータを遠ざけず、問題点を積極的に改善していくことで、生え抜きでない社員や末端社員であっても容易に報告・連絡・相談が行える風通しの良い職場環境を作るための手段として報告・連絡・相談を勧めているのであって、部下の努力目標ではない」
と言っています。
つまり、「報・連・相が大切だ」ではなく、「報・連・相ができる空気(良い職場環境)を作ることが大切」と筆者は言っているのです。
「報・連・相」は、コミュニケーションの手段であり、双方向のキャッチボール感覚が必要です。
そう考えるとA氏とBさんの立場は同等であり、ここに上司部下(権威主義)の関係性を持ち込むのは得策ではありません。
<セッションの続き>
○岡田:
(沈黙を経て)いかがですか?
●A氏:
どうすれば良いか、わかりません。
○岡田:
そうですか、それでは提案してもいいですか?
社長としてどうすれば良いかの前に、社長がBさんになったつもりで彼がどのように考えているか考えてみませんか?
●A氏:
(Bさんになったつもり)
・社長からは期待されているけど、この大役をやる自信はなかった・・・
・任されたのだからある程度のところまで仕上げてから社長に報告しよう・・・
・ある程度のところまでできたが、高いカベがあってどうしてよいか思考停止・・・
・他のメンバーとの関係が良くなくPJ自体停滞、でも社長に言えない・・・
・その他の仕事が忙しいのにPJまでやってられない・・・
・社長からは自分の考えを押し付けられた。だったらあなたがPJを仕切ってください・・・
○岡田:
たくさん仮説がでてきましたね。
実際にBさんがどう思っているか確認したくないですか?
●A氏:
そうですね、聞きたいです。
○岡田:
わかりました。
では今日からできることをやっていきましょう。
-end―
巷にはコミュニケーション技法を扱うセミナーや書籍が溢れていますし、多くの方がそれらを通して知識の習得(INPUT)に努めておられます。
一方で習得した知識を現場で使うこと(OUTPUT)は思ったより上手くいかないものです。つまり教科書通りにならないのです。
社長は孤独です。
全責任を背負っておられ、自らの判断で最終決定せねばなりません。
そこには
「いまさら部下に聞けない」
「社長はすべてに全能でなければならない」
「本当は誰かに背中を押してほしい」
という本音も見え隠れしています。
社長の伴走者として専門コーチによるコーチングをお受けになることも、コミュニケーションの改善につなげる方法の一つです。
筆者紹介
- アタックス税理士法人 主席コンサルタント (一財)生涯学習開発財団認定コーチ 岡田昌樹
- 1985年 名古屋商科大学卒。入社以来、一貫して税務関係業務に従事する。専門性の高い税務を噛み砕いて判りやすく指導する事に定評があるとともに、幅広い顧客のサポートをしてきた経験から最近では特に中小企業が抱える諸問題の相談に軸足をおいて活躍中。「face to face」を基本に、社長の身近な存在であり続けることがモットーである。
- 岡田昌樹の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。