相続対策や財産承継についてお手伝いすることが多い仕事柄、未上場株の評価額引き下げへのご相談対応は避けて通れません。
最近、特に未上場株の評価額の引下げ策については、税務当局のスタンスが色濃く表れてきており、今後、事業承継や相続対策を検討される方は注意が必要です。
先月も新聞報道等で、HOYAの元社長の遺族が東京国税局の税務調査を受け、約90億円の相続財産の申告漏れを指摘されました。
HOYA株を保有する未上場の資産管理会社の株式の評価額が「著しく不適当」と判断されたようです。
この時に適用されたのが、通達総則6項と言われるものです。
財産評価基本通達と同総則6項とは
総則6項とは、「財産評価基本通達 第1章総則6項」の通称です。
相続税法では、相続税等(贈与税含む)の財産の評価額については、相続等の時の時価により評価するとしています(相続税法22条)。
しかし、上場株などのように、市場で取引される時価等が明らかな財産はともかく、そのような市場が存在しない財産は、誰が計算しても同じ評価になるような一定の評価ルールが必要です。
これを定めたのが、国税庁の「財産評価基本通達」で、各種財産の具体的な評価方法を細かく定めており、未上場株の評価方式もこの評価通達に定められています。
ところが、この評価通達の評価方法を画一的に適用した場合に適正な時価評価が求められないと考えられるケースもあります。
そこで、
「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」
として総則6項が設けられています。
どのような場合に総則6項が適用されるのか
適用要件は、下記の通りです。
② ①の定めによって評価することが著しく不適当であること
③ 国税庁長官の指示があること
④ 評価通達以外の合理的な評価方法が存在すること
何をもって「著しく不適当」なのかは曖昧ですが、過去の裁判例を紐解いてみると、評価通達に定める評価方法での評価額と客観的交換価値との間に著しく乖離が生じている場合に税務当局はこの6項を適用しています。
相続税等における財産の価額(時価)は、課税時期における客観的交換価値であり、評価通達の評価方法はこの客観的交換価値を把握するために定められたものですが、ある意味「画一的な基準」とも言えます。
そのため、この「画一的な基準」を逆手にとった、何らかの意図的な行為を課税時期の前にしたような場合には、この基準を利用させない、ということかと思われます。
すなわち、実質的な租税負担の公平を著しく害するよう「特別の事情」がある場合には、総則6項を適用し、同通達の評価方法によらないことが是認されています。
事例検討と税務当局のスタンス
HOYA元社長の事案は、自身の持つHOYA株を現物出資で資産管理会社に移管し、その後、資産管理会社はさらにそのHOYA株を子会社に寄付するというストラクチャーでした。
元社長が亡くなり資産管理会社の株式を親族が相続しましたが、その際に税務上の評価のルール(財産評価通達)通りに評価しました。
税務上の相続税評価額には、時価純資産価額と類似業種比準価額があり、会社規模に応じて上記評価方式の折衷方式などの組み合わせで、有利な方を選択できます。
遺族は、資産会社の株の評価に類似業種比準価額を採用しましたが、国税局はこれが明らかに不適当ということで評価方式を否認したのです。
今回、元社長が亡くなる前年にHOYA株が110億円で現物出資され、そしてすぐに資産管理会社からその子会社へ寄附が行われており、現物出資されたHOYA株の客観的交換価値に比して相続の対象となった資産管理会社の株の評価額を20億円としたことが問題になったものと思われます。
実は、過去にも同じような事例があり、2014年のトステム(現LIXIL)創業者の事案や2016年のキーエンス創業家の事案も似たような手法が取られていました。
税務当局のスタンスとしては、過度な節税目的や、経済合理性に欠くと判断できる場合にはやり過ぎているとして否認してくる傾向があります。
今後の相続対策や財産承継の実行の場面では、この総則6項の適用リスクが常に付きまといます。
こうしたリスクを回避するためには、
・節税以外の合理的目的を明確にする
・実行行為と取引行為との間は一定の期間を空ける
など、慎重な対応を心掛けることが必要になります。
筆者紹介
- アタックスグループ パートナー
アタックス税理士法人 代表社員 公認会計士・税理士 伊藤 彰夫 - 1967年生まれ。資本政策、事業承継、相続対策、M&A、国際税務の各ニーズに対応したコンサルティングに数多く従事。国際税務では、移転価格税制の対応、海外を活用したファイナンシャルプランニング、クロスボーダー交渉などの実績を誇る。現在、上場企業及び関連企業法人チームの統括責任者兼国際税務チーム責任者。
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