国税庁は、今年2月、ホームページで「令和2事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」を発表しています。
企業や個人の海外取引を巡る課税逃れを防ぐため、租税条約等の規定に基づき、諸外国と情報交換を行っており、現在、日本の情報交換ネットワークは149の国・地域をカバーするまで拡大しています。
租税条約に基づく情報交換は具体的には、「自動的情報交換」、「自発的情報交換」、「要請に基づく情報交換」の3つの類型があります。
自動的情報交換
「自動的情報交換」は、国際的な脱税や租税回避行為に対処するために、自動的に当局間で情報を交換するものです。
特に、国税庁は2018年から、CRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)に基づく、非居住者金融口座情報の自動的情報交換を開始しています。
CRS(Common Reporting Standard)とは
CRSは、租税回避の動きを阻止するために経済協力開発機構(OECD)が策定した制度で、海外にある銀行や証券、保険も含む金融口座の情報を毎年12月末時点で区切り、世界100ヵ国・地域を超える税務当局間で自動的に口座情報を交換するという仕組みです。
「自動的情報交換」による受領・提供数
令和2事務年度、国税庁は、日本居住者に係るCRS情報 約191万件(口座残高12.6兆円)を87か国・地域の外国税務当局から受領し、外国居住者に係るCRS情報 約65万件(同6.8兆円)を70か国・地域の税務当局に提供したと発表しています。
この他、法定調書で把握した非居住者等への支払いについての情報 約11万件を外国税務当局から受領した一方、約69万件を外国税務当局に提供したとも発表しています。
「自動的情報交換」の活用例
諸外国の税務当局から受領したCRS情報や法定調書情報は、海外にある金融資産やそこから生じる所得の把握などに使われます。
国外送金等調書や国外財産調書といった各種調書、既に保有している他の資料情報等と併せて分析を行った上で、課税上問題があると見込まれる納税者を把握し、税務調査につなげます。
- 受領したCRS情報から、X国所在の法人甲の金融機関の口座及び当該法人の実質的支配者が相続人Aであることを把握した。
- 当該法人について登記情報を確認したところ、相続発生前に、当該法人の出資持分の名義が被相続人Bから相続人Aに変更されていた事実が判明した。
- 調査の結果、相続人Aは、当該出資持分が相続財産であることを認識しながら、相続財産から意図的に除外し、相続税の申告を行っていなかったことが判明した。
- さらに、当該法人の所得に関し、外国子会社合算税制による被相続人Bの雑所得も申告漏れとなっていることが判明した。
(国税庁「令和2事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」より)
自発的情報交換
「自発的情報交換」は、国際協力の観点から、自国の納税者に対する調査等の際に入手した情報で、外国税務当局にとって有益と認められる情報を、自発的に提供するものです。
「自発的情報交換」による受領・提供数
外国税務当局から国税庁への提供件数は20,351件であり、本事務年度は特定の国から大量の情報を受領したため、昨事務年度と比較して大幅に増加しています。
国税庁から外国税務当局への提供件数は106件であり、昨年と同程度です。
地域別にみると、アジア・大洋州の国・地域への提供が84件と最も多くなっています。
「自発的情報交換」の活用例
内国法人は、X国に所在する法人Cから製品を輸入しているが、その代金は法人Cの代表者名義の口座に送金されており、法人CがX国において申告すべき売上を除外していると想定されたため、X国の税務当局に対し、送金や取引に関する資料を提供した。
(国税庁「令和元事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」より)
税務当局間の協力体制として、外国税務当局からの日本の税務当局への情報提供も当然ありうるわけです。
要請に基づく情報交換
「要請に基づく情報交換」は、個別の納税者に対する調査において、国内で入手できる情報だけでは事実関係を十分に解明できない場合に、必要な情報の収集・提供を外国税務当局に要請するものです。
国際的な取引の実態や海外資産の保有・運用の状況を解明する有効な手段となっています。
具体的には、外国税務当局から、海外法人の決算書、契約書、インボイス、銀行預金口座取引明細書などのほか、外国税務当局の調査担当者が取引担当者に直接ヒアリングして得た情報を入手しています。
「要請に基づく情報交換」による受領・提供数
国税庁から外国税務当局に対して行った件数は638件であり、昨事務年度と同程度の水準となっています。
地域別にみると、我が国と経済的関係が強いアジア・大洋州の国・地域向けの要請が510件で約8割を占めており、これら外国税務当局への積極的なアプローチがうかがえます。
「要請に基づく情報交換」の活用例
- CRS情報から、被相続人DがX国の金融機関に口座を保有していることを把握したが、相続人Eの相続税申告書に当該預金口座の記載がなく、相続税の申告漏れが想定された。
- 残高については日本国内では十分な情報を得ることができなかった。
- そこで、Dの相続開始時点でのX国金融機関口座の預金残高を示す資料の提供を、X国税務当局に対し要請・入手した結果、Dの相続開始時の預金残高が判明し、Eの相続税の申告漏れを把握した。
(国税庁「令和元事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」より)
企業や個人の海外取引を巡る課税逃れを防ぐために国税庁の租税条約等の規定に基づいた諸外国との情報交換の現状について整理してみました。
ヒト、モノ、カネの経済活動は国境を越えてグローバル化が進みますが、国税庁の情報交換も、年々、ネットワークを広げており、今後も、ますます外国税務当局との情報交換が進みそうです。
企業や個人の海外財産はますますガラス張りになってきたと言えます。
資産運用や資産保全を目的とした海外の活用は、今後、上記を前提とした対応が求められます。
筆者紹介
- アタックスグループパートナー
- アタックス税理士法人代表社員 公認会計士・税理士 伊藤 彰夫
- 1967年生まれ。資本政策、事業承継、相続対策、M&A、国際税務の各ニーズに対応したコンサルティングに数多く従事。国際税務では、移転価格税制の対応、海外を活用したファイナンシャルプランニング、クロスボーダー交渉などの実績を誇る。現在、上場企業及び関連企業法人チームの統括責任者兼国際税務チーム責任者。
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