グローバル化やIT化によって急速に世界の距離が短くなり、今まで日本を支えてきた産業や企業も、一歩間違えればまたたく間に衰退を余儀なくされる時代となりました。しかし一方で、ITを利用することによって新たな活路を見い出した企業もあります。このシリーズでは、ITの活用に成功した業績好調な企業をご紹介いたします。
先日まで、地味にすごい仕事をテーマにしたドラマが放送されていた。皆さんの周りにも、普段スポットライトを浴びることのない縁の下の力持ちのような仕事はたくさんあるのではないだろうか。財務管理の世界においても、普段は目立たないものの根気と忍耐を必要とする重要な仕事が存在する。「入金消込」という仕事である。
入金消込とは、顧客への請求代金の入金状況をチェックする業務を指す。代金の回収があった際に、債権リストに照らし合わせて、「未回収」の債権を「回収済」に変更していく仕事である。一見すると単純で誰でもできそうな気もするが、実際には毎月大量の入金があり、債権リストに記載のない顧客からの振込みや請求書と異なる金額の入金など、細かな問題があって一筋縄には進まない。
「従来は入金予定日になると慌ただしく対応していました」。
このように話すのは、東海地区で約60万世帯の人々に電話やインターネットなどの通信インフラサービスを提供している
S社の管理課長である。
S社でも、かつては何十万件もある膨大な入金情報を従業員が手作業で債権リストと照合し、販売データに反映していた。膨大な件数のある入金消込は地味だがすごく大変な仕事でベテラン社員の工数も大きく割かれていた。
「管理部門も生産性を高めるためには、ベテラン社員の時間を確保しなければならない」。
そう考えた管理課長は入金消込の効率化に強い必要性を感じ、業務の改革に着手した。
まず実施したのが収納代行会社の活用である。収納代行会社に債権管理をアウトソースし、社内から入金消込業務をなくそうと考えた。この試みは社内の工数を削減するという意味で一定の成果があったが、毎月の多額の収納代行手数料が発生しコスト面では課題が残った。
「コストをかけずに業務を効率化できないか」。様々な手法を模索していく中で、あるメガバンクが入金消込に特化したサービスを展開していることに気づく。内容を確認するとメガバンクのシステムにS社の得意先マスターと請求情報をあらかじめ登録しておき、振込先と紐づけることで入金消込を自動で実施するサービスという。
管理課長は「これだ!!」と思った。早速、知り合いのシステム会社に確認したところ、販売システムと入金消込システムとの間のデータ形式を変換するプログラムはそれほどコストをかけずに作れるという。また、営業部も当該入金消込サービスを展開しているのがメガバンクであったため、新規顧客の振込先を当該メガバンクの口座に集約することについても可能であるとの回答を得た。
S社は入金消込サービスを活用することを決定し、今では、原則として振込先を当該メガバンクに集約し、様々な事情でそれができない場合についてのみ、収納代行会社を用いるというオペレーションを構築するに至っている。もちろん、当初の目的であるベテラン社員の工数削減という目標も達成された。
ITの活用という言葉を聞くと、高額な投資をイメージしてしまう。しかし、昨今では様々なツールやサービスが世に出てきており、むしろ自社にあったものを見つけることや、ツール・サービスに合わせて自社のオペレーションを変革していくことがより重要である。
S社では、入金消込システムを用いた業務改善を実施したが、大掛かりなシステム投資などは実施しておらず、収納代行サービスも残すなど、柔軟なオペレーションを構築している。このような、先入観にとらわれない柔軟なIT活用こそが中堅・中小企業の事業戦略においては必要なのではないだろうか。
ITを活用した業務改善について関心のある方はこちらからご相談ください。
筆者紹介
- アタックス税理士法人 公認会計士・税理士 酒井 悟史
- 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツ・トータルサービス事業部を経て、 2014年アタックス税理士法人に参画。トーマツでは、監査業務の他、株式公開支援業務、業務プロセス効率化支援、 連結財務諸表作成支援等に従事。現在は、主に上場中堅企業の法人税務業務の他、相続対策や資本政策等に従事している。