グローバル化やIT化によって急速に世界の距離が短くなり、今まで日本を支えてきた産業や企業も、一歩間違えればまたたく間に衰退を余儀なくされる時代となりました。しかし一方で、ITを利用することによって新たな活路を見い出した企業もあります。このシリーズでは、ITの活用に成功した業績好調な企業をご紹介いたします。
首都圏に約40店舗を展開している美容室B社。美容を通じて人々に笑顔を届け、地域を活性化することをコンセプトに、顧客から30年間支持され続けてきた。今回はB社の原動力となった「ITの活用」について紹介する。
いま美容業界では、かつてないほどの競争が繰り広げられている。国内の美容室店舗数は平成24年に23万店を超え、実にコンビニエンスストアの約4倍の店舗が顧客獲得にしのぎを削っている。顧客の奪い合いにより割引キャンペーンが常態化し、業界全体で客単価の下落傾向が続いている。さらに、短時間カットに特化し回転率を重視するサロンや、カラーに特化したサロン、まつ毛エクステをはじめ周辺サービスを拡充するサロンなど、次々と新しい業態が生まれ、年々競争は熾烈さを増しているのだ。
熾烈な競争は顧客の奪い合いだけではない。美容師の新卒採用もまた激しい競争状態にある。美容学校の卒業生は年に約2万人。美容室サロンに就職するのは、そのうちの約4割の8千人なので、実に新卒1人を25店舗以上で奪い合っていることになる。美容業は労働集約産業であり、美容師の確保が企業の存亡を決する。
こうした競争環境の中、B社は新規・既存顧客の「再来店率の向上」による固定客の確保を最重要課題とし、限られた人的リソースの中で顧客満足を最大化しようと、顧客管理へのIT活用に踏み切った。顧客ごとに、来店日、担当スタイリスト、施術メニューなど、あらゆるデータを取得する仕組みを構築し、エリア別店舗別スタイリスト別に加え、曜日別・時間帯別の客単価や来店頻度など、顧客動線の見える化という抜本改革を図ったのだ。
IT導入により、重要指標である「再来店率」はスタッフ全員が常に見ることができる状況となり、皆が同じ方向を向いて改善に取り組むことができようになった。ある店舗では顧客の来店頻度に合わせて次回の必要メニューを提案し、来店頻度を促進させた。美容師は顧客との接触時間が長いため、技術と共に接客能力(コミュニケーション能力)が次回来店に大きな影響を及ぼす。実際のところ、最初は活用が進んだ店舗と出遅れた店舗に二極化したが、各店数値の公開により競争意識が刺激され、活用が進んだ店舗のコミュニケーション成功事例を横展開するなど、今までになかった好循環が生まれているのだ。
また顧客管理の入口である予約プロセスにもITを活用した。携帯電話からのネット予約が柔軟にできるようにして、各店舗の受付業務負荷を軽減した。従来は電話予約を主として、予約表を紙で管理をしていたため、各店舗の受付業務は煩雑だった。しかし、今では顧客が入力した予約情報が、店舗のPCの予約表画面に自動反映されるため、負担が大幅に軽減された。予約が一定数以上重複した時間帯には、予約をブロックすることができるため、従来の個別のスケジュール調整はなくなり、スタッフはより接客に注力できるようになった。
高額なIT投資を行ったにもかかわらず、成果が出ない会社をしばしば見かける。それらの会社に共通しているのは、初期段階で、IT導入により「何をしたいか」の議論が不十分なことだ。目的を明確にしないまま導入に踏み切ってしまっては絶対にいけない。ITは、所詮手段に過ぎない。導入により、どの手作業を自動化したいのか、どういったデータ収集によりどのような現象を可視化したいのか、導入前の論点整理が成否を決めるのだ。
ITを活用した業務改善について関心のある方はこちらからご相談ください。
筆者紹介
- アタックス税理士法人 公認会計士・税理士 酒井 悟史
- 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツ・トータルサービス事業部を経て、 2014年アタックス税理士法人に参画。トーマツでは、監査業務の他、株式公開支援業務、業務プロセス効率化支援、 連結財務諸表作成支援等に従事。現在は、主に上場中堅企業の法人税務業務の他、相続対策や資本政策等に従事している。