現代の「イノベーション」は本物か?~需要を生み出す技術革新へ

経営

「働き方改革」という言葉を耳にすることが多くなりました。これは、人口減少社会における労働力確保という経済的側面と、過重労働回避・ライフワークバランスといった社会的側面の相反する二面性を持った施策となります。 生産量(所得水準)を上げつつ、労働時間を減らすという、微妙なバランスを取るために政府の「働き方改革実現会議」では、一つのキーワードとして「イノベーション」が挙げられています。

「イノベーション」は技術革新と言った意味で捉えられることが多いですが、では働き方改革のためのイノベーションが進むと日本の経済は拡大するのか?人々の暮らしは豊かになるのか? 私は、それには否定的です。現代のイノベーションで、経済を拡大するような事例は少ないのではないか、と思っているからです。

最近の身近に見られるイノベーションの典型的な例として、テレビがあります。 2000年頃からブラウン管からプラズマ・液晶への代替が起こり、液晶がプラズマを淘汰し、今EL化が進もうとしています。同時に、画素数はブラウン管に毛の生えたような画像から、フルハイビジョン、4K、そして8Kの時代を迎えようとしています。

確かに、驚くほど安く、便利で、高性能になって、消費者の満足感は高くはなっていますが、それ以上に生産者の疲弊を伴っているように見えるのです。 薄型テレビ生産のために、ブラウン管のラインは閉鎖され、液晶の生産もEL含め、消耗戦に入っています。結局、これらのイノベーションは、既存の価値の高度化に過ぎず、これまでにない価値を提供するものではありません。

翻って高度経済成長時代に目を向けると、三種の神器と言われた(白黒)テレビ・冷蔵庫・洗濯機、更に新三種の神器と言われた車・クーラー・カラーテレビ、高速鉄道や航空機の発達など、これまでにない価値を生み出す商品サービスが次々と登場しました。 現代のイノベーションと異なり、これらはお互いの需要を食い合わず、むしろ相乗的にパイを増加させました。

少し短絡的ですが、洗濯機や冷蔵庫は主婦層の余暇時間を生み出すと共に、テレビがその余暇を楽しむ番組を提供しました。テレビで流れる商品や風景は消費意欲を刺激し、巨体な流通網を生み出すとともに、高速交通機関や車の普及が、TVで見た、あの場所への旅行を容易にしました。 イノベーションが人々の暮らしを豊かにした時代でした。

しかるに、現在のイノベーションは、デジカメはフイルムを淘汰し、CDはアナログレコードを淘汰しました。 スマホ・タブレットに至っては、黒電話、手帳、オーディオ、カメラ、TV、カーナビ、パソコンと言った機器を片っ端から淘汰し、または淘汰しつつあるのが現状です。 勿論、高性能・便利といったユーザーに対するメリットはあるものの、実質的には既存のパイの取り合いで、本質的なパイの拡大には寄与していません。

イノベーションを定義付けたシュンペーターによると、それには5つの種類があるといいます。(一般には1(1)と1(2)は一つに括られています)

1(1) 消費者の間でまだ知られていない新しい財貨
1(2) 新しい品質の財貨
2 新しい生産方法の導入
3 新しい販路の開拓
4 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
5 新しい組織の実現

これに照らし合わせると、最近言われる身近なイノベーションはAI等も含め、殆どが1(2)~5の生産サイドのメリットばかりで、日常生活者にとってこれまでの需要に代替することはあれど、これまでの需要に追加して積み上げたくなるような技術革新は少ないような気がします。このようなイノベーションが実現しても、消費者・生活者である我々にとって真に新たな価値が提供されないので、経済成長の実感や豊かさの実感は大して向上しません。(同時に生産者・労働者でもある我々の収入も上がらないでしょう)。

日本社会の活性化を考えるなら、商品・サービスといった物質的な豊かさなのか、思想・哲学・宗教のような精神面における豊かさなのかは別として、全体のパイが広がるものの提供、そしてその対価を自ら享受しつつも、一部は社会と分け合うという発想が必要な時代ではないかと考えています。

この投稿を執筆するなかで、以下のようなサイトを見つけました。戦後日本の大きなイノベーションを選んでいるものです。
トップテンを見ると単なる品質・技術の高度化に止まらず、新たなパイの拡大につながるものが多いようですが、やはり、最近のものは少ないようです。
http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation.php

筆者紹介

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株式会社アタックス 執行役員 金融ソリューション室 室長 松野 賢一
1990年 東京大学卒。大手都市銀行において中小中堅企業取引先に対する金融面での課題解決、銀行グループの資本調達・各種管理体制の構築、公的金融機関・中央官庁への出向等を経て、アタックスに参画。現在は、金融ソリューション室室長として、金融・財務戦略面での中堅中小企業の指導にあたっている。
松野賢一の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

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