共同富裕とは?
中国の習近平国家主席が8月17日の演説で、「共同富裕」を提唱しました。
経済発展に伴う格差拡大は、中国社会の懸念材料の一つになっていますので、これを是正し、国民全体の富裕の実現に取り組むという趣旨のものです。
本稿では、これが中国経済にどう影響するかを考えてみたいと思います。
まず、共同富裕がどんなものかですが、演説の中で、
・国民全体の富裕であり、一部の人が富裕になるのではない。
・平均主義なものでもなく、段階的に実施するものである。
と定義されています。
勤労とイノベーションを奨励して、新たな富を生むとしています。
また、演説中のキーワードとしては、
・所得分配の基礎的な制度を構築し、税、社会保障、還付などの調整と精度を向上させる。
・中産階級の収入を拡大し、低所得者の収入を引き上げる。高所得の調整を合理的に行う。
・高所得への規範と調整を強化する。高所得者が社会に還元できるよう奨励する。
・財産権と知的財産権を保護する。
・農民農村の共同富裕を実現する。
などがあります。
鄧小平は先富論を提唱しましたが、現実には、先に豊かになった者は落伍者を助けることをしませんので、政府としてこれを政策として推進するというようなことだろうと思います。
今後展開されるであろう政策
この演説を受けて、識者の間では、今後展開される政策の予想が始まっています。
税務面では不動産税や相続税の導入です。
日本の固定資産税に相当にする不動産税は、すでに上海市など一部の都市で建物のみを課税対象として実験的に導入されていましたが、演説以前から、土地も対象にして実験地域を拡大するとされていました。
もともとの狙いは、不動産価格の抑制といわれていますが、共同富裕の理念に沿った政策ですので、演説を受けて正式に導入されるだろうと予想されています。
政府はこれまで、不動産価格を抑制するため、投機的な不動産の取得制限や、金融機関が不動産関連業種に融資することを制限する政策(いわゆる総量規制)などを出しています。
そのため、今後、不動産価格が高騰するようなことはないと思われます。
そのかわり、不動産市場の冷え込みで、高額消費市場に影響がありそうです。
なお、不動産価格が低迷すると、日本のバブル崩壊時のように金融機関のバランスシートが毀損するリスクがありそうですが、2021年6月末時点の不良債権比率は1.76%と低い水準になっています。
貸倒れに備えた引当額も不良債権の倍近くになっており、かなり余裕のある引当となっていますので、不良債権が増加しても金融機関に対する影響は大きくないと思われます。
次に相続税ですが、現時点では導入されていませんが、共同富裕のため導入されるかもしれないと予想する識者がいます。
草案そのものはすでに出ており、5年ほど前にも導入されるのではないかと噂されたりもしていましたが、まだ、導入されていません。
富裕層には党幹部も多いでしょうから導入には抵抗があるのかもしれませんが、現政権であれば、(以前の政権に比べればですが)導入は容易になっている可能性があります。
ただ、課税対象財産の評価方法が決まっていないなど、導入に向けて研究や調整を必要とする部分が多く、導入するにしても時間を要するともいわれています。
景気への影響はあるのか?
中国は第一次事業承継時代に突入していますが、日本のように自社株が課税対象になると事業承継にも影響を与えそうです。
ここ数年の中国税務は、米中貿易摩擦やコロナへの対策として、増値税(日本の消費税に相当)、企業所得税(日本の法人税に相当)、個人所得税(日本の所得税に相当)の主要三税目で減税が続いていました。
しかし、共同富裕の実現に向けて、高所得者に対しては課税が強化されていくかもしません。
これまで、中国経済を牽引してきた富裕層がこれら政策によって活力を失うと、景気に影響がありそうです。
現時点では、共同富裕演説を受けての具体的な政策は出ていませんが、今後、景気に影響を及ぼす政策が出てくることが予想されます。
早めに情報をキャッチし自社のビジネスへの影響を分析することで、手遅れにならないうちに対処できるような体制を構築していただければと思います。
筆者紹介
- 株式会社アタックス 執行役員 海外サポート室 室長 諸戸 和晃
- ミサワホーム勤務を経てアタックス入社。株式公開、企業再生、M&A支援等のコンサルティング業務に従事。2011年より2年間北京赴任。赴任中は北京中央財経大学への語学留学、中国系会計事務所「中税咨询集团」(北京)で業務。帰国後、海外サポート室の室長として、中堅中小企業の海外進出に関する支援業務に注力している。
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