賃上げ相場に振り回されていませんか?~今こそ賃金カーブの見直しを!

経営

ベースアップの実施率が過去最高に

2024年度の賃上げデータが出そろいました。

5月30日の日経新聞は、基本給を底上げするベースアップ(ベア)の実施率が、94.1%で過去最高と報じています。
参考:日本経済新聞(2024年5月30日)

ベアの平均金額は、1万3,594円で前年比75%増とのことです。

通常、定期昇給(定昇)とベアを併せたものを賃上げ率として示しますが、製造業の賃上げ6%という数字の見出しに、驚いた中小企業経営者も多かったのではないでしょうか。

自社の賃金に対する現場の声とは

今や、あらゆる情報が瞬時に広がる時代です。

世間の賃上げについて社員は、「これは大企業の話、これは中小企業の話」と切り分けて話を聞いてくれません。

「世間は賃上げしているのに、どうしてうちの会社は上がらないの?」こんな不満の声が、あがっているかもしれないのです。

あるいは、人材確保と離職防止を目的として、無理して賃上げを行ったものの、来年、再来年と賃上げが持続できるかと問われると、「わからない」と答える経営者の声も聞こえてきそうです。

賃上げに向けて経営者がすべきこと

それでは、2025年の賃上げに向けて、経営者は今から何をすべきでしょうか?

今後ますます雇用管理の在り方が変化し、初任給の引き上げ、男女の賃金差異解消、現役世代並みの高齢者の報酬など、処遇に関する記事が新聞を賑わすでしょう。

しかし、これらの情報に振り回されていては、経営に集中することができません。

今後、中小企業の経営者がすべきことは、経営者自身が「社員の処遇に対する考え方」を整理し、説明責任を果たすことです。

そして世間の情報が霞んでしまうくらいの情報発信力で、自社の考えを打ち出すのです。

まさに「この指とまれ!」で惹きつけ、その思想に賛同してくれる社員と共に成長していく。

これが理想です。

賃金制度を見直す時の“4つのポイント”とは?

それには、小手先の賃上げでお茶を濁すのではなく、改めて自社の賃金制度を雇用環境に照らして見直していく必要があります。

そのポイントは以下の4つです。

1.実在者の年齢別賃金水準と世間相場の水準比較の実施
2.雇用延長、定年廃止など現役年数の伸びによる生涯年収の水準とカーブ確認
3.労働分配率(付加価値に対する人件費の割合)の推移と適正水準との乖離確認
4.一人当り付加価値向上、つまり賃上げ原資獲得への戦略策定と実行

それでは、一つひとつ見ていきましょう。

ポイント1

実在者の年齢別賃金水準と世間相場の水準比較の実施

月給ベース、年収ベースで実在者の賃金水準と、年代別のバラつきをプロットして、世間相場と比較し課題を見つけます。

世間相場は、厚生労働省『賃金構造基本統計調査』、厚生労働省『毎月勤労統計調査』、「経団連」を構成する地方の経営者協会が調査しているモデル賃金などを参考にすると良いでしょう。

従業員別、地域別、業種別にデータが細分化されていますので、自社にあった比較データで水準とバラつきを見ます。

初任給の急激な上昇で、中堅社員の中だるみが生じている可能性や、プロットにより高齢社員の人数の多さに対して不在世代の存在が明確になるなど、様々な課題が炙り出されます。

ポイント2

雇用延長、定年廃止など現役年数の伸びによる生涯年収の水準とカーブ確認

2021年の高年齢者雇用安定法の改正により、企業は社員を70歳まで雇用することが努力義務化されました。

少子高齢化による人手不足、社会保障制度を支える人材減少を解消するためにも重要な施策です。

日本独特の雇用制度は、生涯その会社に勤務することを前提に設計されていました。

若手の時には給料は低く、定年退職の前に退職金カーブがぐっとせり上がるため、これを「賃金後払い」と称していたのです。

「今は賃金が安いけれど、定年まで勤めあげれば取り戻せる」

これが働くモチベーションだったのですが、今や退職金を目当てに頑張ろうという若者は、ほとんどいません。

従って、現役年数が伸びたわけですから、月給、年収だけでなく、生涯年収という考え方で、退職金を含めた水準と賃金カーブを描き直し、時代にマッチしているかを検証する必要があります。

「若手の給料がどんどん上がっていく分、我々高齢者の給料が下げられる」

こんな愚痴も聞こえそうですが、これからは、高齢者の賃金も年齢によって一律減額ではなく、一人ひとりの貢献に応じて、現役時代かそれ以上に報酬が得られる仕組みを考える必要があります。

トヨタ自動車は、再雇用上限年齢を全職種70歳まで引き上げ、スズキ自動車は、再雇用した社員の賃金を現役並みに引き上げるなど各社高齢者活用に乗り出しています。

ポイント3

労働分配率(付加価値に対する人件費の割合)の推移と適正水準との乖離確認

世間相場比較や、生涯年収のカーブを考えるのと同時に重要なことは、健全な経営を持続するための、総額人件費管理です。

「世間相場に合わしていたら人件費倒産してしまった」では話になりません。

付加価値に対する人件費の割合を労働分配率といいますが、その推移と、業種、規模から判断して適正か否かを判断する必要があります。

日経新聞3月5日の記事によると、財務省が3月4日に発表した2023年10月~12月期の法人企業統計から試算した労働分配率は、中小企業は、70.7%、中堅企業は、61.4%、大企業は、38.8%です。
参考:日本経済新聞(2024年3月5日)

以前よりもポイントが下がっており、その分賃上げ余力が高まったとありますが、大企業に比べたら中堅中小企業に余力はありません。

当たり前ですが、中堅中小企業は、付加価値を上げる努力なくして賃上げなど持続できないというのが実態です。

ポイント4

一人当り付加価値向上、つまり賃上げ原資獲得への戦略策定と実行

「鶏が先か、卵が先か」ではありませんが、「賃上げが先か付加価値向上が先か」という議論があります。

一般的には、付加価値を上げなくては、賃上げできないというのが正しい理屈です。

しかし、岐阜に本社を置く鍋屋バイテック(従業員407名)の岡本社長は、「利益が上がったら人件費を上げるという考えはなかった」と日経新聞のインタビューで回答しています。
参考:日本経済新聞(2024年4月9日)

そのために努力したことは「価格転嫁」です。

2021年から毎年値上げ交渉をし続け、協力工場からの価格転嫁も受け入れたとのこと。

更に「将来の産業構造の変化のなかで、自社の将来像を描き、そこを目指すために逆算することが必要だ」とも述べています。

まさに、原資獲得のための付加価値向上の努力無くして、賃上げの継続はあり得ないということです。

是非とも来年に向けて、今から取り組んでいってください。

さいごに

本稿の内容について取り組みたいとお考えの経営者の皆さま。

まずは、実態把握と問題点の洗い出しをおすすめします。

アタックス・ヒューマン・コンサルティングでは、賃金水準分析から、労働分配率分析、報酬制度設計、移行シミュレーションまで、これからの時代の処遇設計をご支援しています。
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筆者紹介

アタックスグループ シニアパートナー
中小企業診断士 産業カウンセラー 北村 信貴子
大手食品メーカー勤務後、アタックス入社。中堅中小企業を対象に人事制度構築・運用と人材育成業務に従事。現在は、マネジメントの傍ら後継者・幹部育成、管理者教育、女性リーダー育成を中心に実践型の教育訓練・能力開発に注力している。金融機関での講演、セミナー実績多数。受講者との対話を通じて理解を深めていく、迫力ある指導に定評がある。
北村信貴子の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

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