企業の真の価値提供とは?~ドラマと現実から学ぶ顧客との向き合い方~

経営

NHKで正直不動産というドラマが放映されています。
山下智久演じる不動産会社の営業マンは、詐欺まがいの手を使って営業成績No.1を取っていましたが、ある日突然、嘘が(つきたくても)つけない体質になってしまいます。

過去の自分の嘘や物件の問題点等を正直に話してしまう結果、顧客には怒られ、営業成績もガタ落ち・・・。しかし、次第にその正直な姿勢を評価してくれる顧客や関係者が広がっていく、といったストーリーです。

これは、自己都合で取引をするのでなく、顧客都合を最大限尊重して取引することが、長い目での信頼につながっていく、と言うことを示しているのでしょう。

衝撃的なIBMの”キリンドル”分離!

さて、昨年秋に、世界有数のIT企業である”IBM”はその企業向けサービス部門の一部を切り出し、”キンドリル”と言う新たな会社としました。

元々IBMは事務機器-メインフレーム-パソコンといったハード機器を中心としたメーカーでしたが、90年代の苦境を経て、システムインテグレーターとして企業向けのサービス業で再び隆盛を見せることとなりました。

しかし、この”キンドリル”の分離は、新たな本業となった企業向けサービスを大胆に切り出すこととなります。

切り出されたキンドリルの規模は、売上190億ドル(2兆4千億円)・従業員9万人と、分離前のIBM全体の中の3割弱に上る巨大なものです。

また、切り出し後のIBMの保有するキンドリル株は19.9%に過ぎず、今後この保有分も売却していく意向を示していることから、近い将来資本関係もなくなる見通しです。

IBMの狙いは何なのか?

こうした大胆な組織再編は、流石米国企業、と言う感もあるのですが、何故、IBMは今、新たな本業でもあった筈の企業向けサービス部門を完全に切り離す道を選んだのでしょうか。

それにはいくつか要因があるようですが、ここでは3つ挙げてみます。

①クラウドやAI等、新たなビジネス分野が育ってきた
②そうした中で、企業向けサービス部門の採算性が相対的に低くなってきた

従って、資本の論理としては、低採算事業の切り離し、とも言えるかもしれません。
しかし、そこにはもう一つの理由があります。それは、

③企業向けサービス事業の拡大にはIBMのブランドや資本関係が邪魔になってきた

ということです。

真に顧客目線の価値提供を行うには?

キンドリルはIBM時代より、既に世界の大手企業の過半との取引を持っています。
この多数の大企業を含めた多様なニーズにどう応え、新たな顧客をどう開拓していくのか。

IBMはクラウドやAIという注力分野を中心に、他のIT企業と競合するプロダクトも持っています。
そうした中でIBMの顧客サービス部門として、顧客企業のシステム構築を請け負ったら何が起こるか。どうしても、IBMの商品やサービスを推薦・優先しがちとなってしまいます。

そういう状況で、果たして本当に顧客目線の提案や取引ができるのか、また顧客の真の信頼を得られるのか?

逆に、IBM製品に拘らず、市場にある多様な商品・サービスから最善のソリューションを選択し顧客に提供するにはどうすれば良いのか?

この問いへのIBMの回答が、キンドリルの分社・完全独立化でした。

IBMブランドと資本関係を捨てることで、真の顧客ニーズに向き合うことができ、結果、資本の要請にも応えられると考えたわけです。

自社の提供価値を見直す時代

多少乱暴な見方ですが、プロダクトアウトとマーケットインの二つのビジネスモデルを一つの組織・会社内で持つ場合の課題を示したことにもなるでしょう。

実際にビジネスでは、顧客に対するソリューションを提供しているふりをしつつ、本音は自社に都合の良い商品・サービスを購入させようとするようなケースは多々あります。

勿論、ビジネスである以上、売上を上げることは必須であり、「正直者が馬鹿を見る」「嘘も方便」だったりもするので、ある程度自社の商品・サービスを
良く見せようとするバイアスがかかることはやむを得ないでしょう。

しかし、本当に顧客に必要なニーズを把握しないままに、商品・サービスを提供していけば、いずれ思わぬところで足をすくわれかねません

正直不動産のドラマはまだ放送途中、キンドリルは分社化してまだ1年も経っていません。
果たして、”顧客に正直に向き合う”姿勢がどのような結末や将来を迎えるのか、判明するのはこれからです。

ただ、ドラマの世界でも現実の世界でも、単に売れたからという結果に満足するだけでなく、自分が提供している商品・サービスが、本当に顧客にとってのベストソリューションになっているのかどうか、時には内省し、そのずれを修正する努力が求められる時代になっていることは間違いありません。

筆者紹介

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株式会社アタックス執行役員 金融ソリューション室 室長 松野 賢一
1990年 東京大学卒。大手都市銀行において中小中堅企業取引先に対する金融面での課題解決、銀行グループの資本調達・各種管理体制の構築、公的金融機関・中央官庁への出向等を経て、アタックスに参画。現在は、金融ソリューション室室長として、金融・財務戦略面での中堅中小企業の指導にあたっている。
松野賢一の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

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