海外展開の失敗事例に学ぶ -おもてなしで名高いA旅館

経営

西浦道明のメルマガ 2014年5月

素晴らしいおもてなしで名高いA旅館は、数年前、自らのブランド名を冠した日本旅館を、B国に展開した。

B国を訪れた筆者は、これは完全な失敗に終わり、経営者がコトの重大性に気づけば、即、この国から撤退すると見ている。

失敗の原因の一つ目は、事前調査が不十分だったため、温泉そのものに対する信頼性に欠けていることだ。

A旅館が進出したB国では、既に多くのホテル、旅館、個人が居住するマンションが乱立し、それらが勝手に温泉を引いているという。

温泉文化の育成が遅れ、国を挙げて源泉を守る発想がなく、最近、漸く法律が施行され、乱開発を制限し始めたようだ。

国家が温泉文化を守ろうとしなければ、一民間企業としてはどうしようもない。
まして外国企業なら、いかんともしがたい。

A旅館に限らず、現地では、「最近、源泉が薄められ、においがしなくなった」との噂が広まっている。

恐らく法律の定めがないからだろうが、その風呂場には、日本国内のような詳しい温泉成分の表示がない。

二つ目は、専門家を入れずに契約したためか、あるいは、日本人特有の、大事なことでも強く主張しない性格からか、「自社ブランドを貶めてでもロイヤリティを稼ぎたいのか?」と想像されてしまう、現地オーナーに譲歩し過ぎた契約が、透けて見えることだ。

B国のオーナーに、一流の日本旅館の体をなさない、驚くほど狭い客室を造ることを承諾してしまい、そこに、A旅館の名を冠しているのだ。

日本の常識で言えば、客室数を半分近くに減らさなければ顧客満足など、とても得られない。

一方、現地オーナーは、メイン顧客のB国人を呼び込むため、「見てくれ」に気を使い、形を整えることに力を入れている。

吹き抜けのロビー、パブリック・スペースの日本的なゴージャスさ、至るところに掛けられた絵画、それなりの食器等々、確かに、形だけは本物の日本がそこにはある。

一旦、内部に足を踏み入れると、大浴場もスーパー銭湯のようなセンスの悪さで、本物の日本の温泉という趣きはまったくない。

客室が狭いため、海外からの観光客のキャリーケースを置けず、クローゼットも驚くほど小さく、窓枠以外に物を置く棚すらない。

三つ目は、旅館運営の主導権を現地オーナーに任せたことだ。

サービス業では、社員が一番大切な存在のはずだが、社員たちの所属が現地オーナー会社であるため、A旅館としては徹底した指導ができていない。

現地オーナーは、高い人件費でかき集めた、日本語が喋れる貴重な女性スタッフなので、「辞められては困る」と遠慮してしまっているのかもしれない。

整列して、形だけはお出迎えをしているが、お客から見えないところでは互いにおしゃべりする姿に、「おもてなしの心」をどうして感じることができるだろう。

前菜が冷めていたり、刺身の食材が金銭的に抑えられ、高級感がなく、夕食にまったく感動がない。

また、浴衣の着替えや部屋風呂のリネン類も、それぞれ1人に対して1枚しかなく、一流旅館のサービスではない。

さらには、トイレットペーパーのスペアが部屋になかったので、内線で頼んだところ、半分ほどに使いさしたものを届ける感性の鈍さだ。

まだ新しい部屋の障子の桟には、山ほど埃が溜まっており、開いた口がふさがらない。

顧客層は、日本人客1割、B国人客7割。

本物を知らないB国人客にしてみれば、自国に居ながらにして日本文化を味わうことができるため、宿泊料が高くても、一応は価値があるのかもしれない。

日本人客は、かのA旅館とはとても信じられず、「お前もやはり、金儲け主義だったのか!」と、高い宿賃に見合わないB国でのA旅館の姿に、怒り押さえながら、心底、失望することだろう。

A旅館経営者は、B国で宿泊した日本人客が、日本のA旅館すら、二度と訪れようとは思わなくなったことに、まだ気がついていないのだろうか。

  
  
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筆者紹介

西浦道明

アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき)
1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。
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