西浦道明のメルマガ 2015年8月
昨年来、自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を実現した中小企業を紹介している。
連載12回目となる今回は、「曲がる器」や「富士山の杯」など、100%スズ製のテーブルウェアで話題の人気鋳物メーカー、株式会社能作(以下、N社)の池クジラぶりを見ていきたい。
4代目社長の能作克治氏(以下、N氏)は、大阪芸大卒業後、新聞社の写真記者を経て、1984年、義父が経営するN社へ入社した。
N社は、富山県高岡市で、この地に400年伝わる「鋳造技術」をベースに、青銅・真鍮製品を問屋に卸していた。
最終商品の形も販売先も、消費者のニーズも知らされていなかった。
N氏は、そうした「下請け」に満足せず、「製品の評価を直接ユーザーから仰ぎたい、また、製品が売れる現場を見たい」という、同業者からすれば全く非常識な熱い思いを募らせていた。
N氏が池クジラを築いたきっかけは、高岡市が開催した産地企業とデザイナーとの交流会であった。
N社製品の品質・デザイン・技法のレベルの高さに驚いたデザイナーが「原宿で作品展を開催しないか」と誘った。
請われるままデザイナーと付き合ううちに、N氏は、販路や販売方法のネットワークを持っている彼らが、自社開発製品の新たな販売チャネルになることに気づいた。
N氏は、自社開発製品を販売するに当たり、産地問屋が持つ流通チャネルとは直接取引をしなかった。
すなわち、長年付き合ってきた問屋に仁義を尽くし、問屋と競合する「営業」を置かないことにしたのだ。
その代わり、次々とデザイナーたちと提携して、小売店への直販チャネルを広げ、20人以上と提携するまでになった。
ところが、このことが幸いし、真に能作の製品を欲しい人だけが買ってくれ、喜んでお金を支払ってくれる直販構造ができあがった。
N社にとって、素材の金属としてスズを採用したことが、飛躍的な成長の転機となった。
この経緯は、小売店の販売スタッフから、「金属で身近なものをつくれませんか?」と問われた際、「何が欲しいの?」と問い返したところ「食器が欲しい」という返答であった。
食品衛生法上の観点から、曲がりやすいことが難点のスズを採用するしかなかったが、何とこれが爆発的な人気を得たのだ。
「匠とデザイナーのコラボによるスズ製『作品』」はこうやって世に出た。
伝統的なスズ工芸品としては、鹿児島、大阪、京都が有名だが、彼らは伝統にこだわり、昔ながらの道具製造に留まり、N社の「匠とデザイナーのコラボによるスズ製の『作品』市場」とは完全に一線を画している。
N社は、新市場を開発することで「池クジラ」になった。
この「小さな池」誕生の裏側では、N氏が、早くからロット生産設備を撤去し、1個でも作るという方針に変えたことが大きく貢献している。
生産効率は落ちたものの職人の技術力が向上し、問屋からも高い評価を得ていた。
そして、デザイナーの要求に応じて事業を拡大するなかでも、職人たちの「匠の技」を大切にして、多品種少量生産体制を崩さなかった。
このことが、多くのデザイナーの要求に対応できる生産体制になっている。
N氏は、「最終ユーザーの、色んな『欲しい』というリクエストを実現するブランドでありたい」と言っている。
これからも、伝統工芸品市場にイノベーションを引き起こすことによって、地元高岡から「小さな池のクジラ」として、新たな価値を生み出し続けていくに違いない。
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筆者紹介
- アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき) - 1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。