西浦道明のメルマガ 2017年4月
2014年から当メルマガでは、自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を獲得・維持している中堅中小企業をご紹介している。
連載32回目の今回は、東京都文京区で左官工事、タイル貼り工事、防水工事、れんが・ブロック工事等を行う有限会社原田左官工業所(以下、H社)の池クジラぶりを見ていきたい。
全盛期、全国で左官職人が30万人いたが、現在は専業5万人(兼業を含めると7万人)に減少、平均年齢も60歳前後と、職人の「人口減少」と「高齢化」が現在の左官業界が抱える大きな問題になっている。
時の流れの中で、この業界は存立の淵に立たされて来たのかもしれない。
現社長の原田宗亮氏(以下、H氏)は、1974年生まれ。大学卒業後、3年間異業種で働いた後、祖父が1949年に創業した、左官業界のH社に25歳で入った。2000年のことである。
幼少の頃から自宅と店舗が一緒でまた職人も住み込みで働いており、こうなることは自然の流れであった。
ただH氏が、入社前にまず異業種を経験しようと考えたのは、左官業界の常識が社会常識からズレていることに対する危機感を持ったからで、まったく違う業界を体験してみたいと思ったからだった。
入社7年目の2007年、32歳で3代目社長に就いたH氏は、業界の常識に囚われることなく、自社の得意分野で自分たちがやりたい左官屋企業になろうと考えた。
そこで、当社が手掛ける仕事の6割を占めていた店舗左官を外部に発注している都内工務店の外注政策や方針などを調べることで、市場分析を行った。
その結果、当社の主力である店舗左官には競合相手がおらず、絶好の「池」候補であることが分かった。
当時、業界では、店舗左官は「どうせ塗っても、2年くらいで壊されてしまう」亜流の仕事と見なされていた。
左官の仕事と言えば、ゼネコンの下での大規模な建築現場か、伝統建築での芸術的な漆喰左官であり、漆喰左官こそ、本来の左官の仕事とされていた。
また、業界内で、店舗左官は面倒くさい仕事と考えられ、誰もやりたがらなかった。
例えば、駅ビルでの作業は、終電から始発の間しか作業ができなかった。
デパートの作業は、小さな運搬用エレベーターに材料を乗せ、現場との間を何往復もしなければならなかった。
多くの左官屋はこうした制約を嫌い、店舗左官に参入しなかったのだ。
しかし店舗左官には、例えばデザイン性や芸術性も求められ、個別のお客様の多様なニーズに応える面白さがあった。
高付加価値の「提案型左官」の実現には、感性豊かな女性など、多様な人財が活躍する必要がある。
左官技術を蓄積するには会社形態の方がいい。
若者が入社し、いい職人に育つ仕組みも必要である。
かけがえのない財産である職人は、正社員とした方がいい。
H社は、店舗左官に特化して企業化するという敢えて困難な道を選んだ。
社員たちは、話し合い、助け合い、支え合う組織風土を創り、店舗左官に必要な経験値を高め、職人の組織化・多能工化を確立させ、あらゆる左官工事に対応できる力を身に付けた。
こうしてH社は、現代に求められる左官業として生き残る一つの道を探り当て、業界では誰もやらなかった「提案型店舗左官」という独自の市場(池)を創りあげ、その池クジラとなっている。
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筆者紹介
- アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき) - 1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。