西浦道明のメルマガ 2023年1月
2014年から、当メルマガでは自社独自の「池(市場)」を見つけ出し、その池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン)」となった結果、高収益を獲得・維持している中堅中小企業をご紹介している。
連載101回目の今回は、福岡県福岡市博多区で、駐車場警備・交通誘導警備・施設警備・イベント警備を行うATUホールディングス株式会社(以下、A社)の池クジラぶりを見ていきたい。
A社の設立は、2012 年だが、会社が大きく変わり始めたのは、現社長の岩崎龍太郎氏(以下、I氏)が入社した2014年からだ。
A社の特長の1つが重度障害者多数雇用事業所という点だ。
事実、57人の社員全体のうち、23人が障がい者で、うち身体障がい者7人、知的障がい者6人、精神障がい者10人と、障がい者雇用率は実に51%。
その他にも、引きこもりや生活困窮者5人、70歳以上が7人となっている。
警備業界の障がい者雇用率は約1%で、身体障がい者の雇用がほとんどと言われていることを考えると、A社の障がい者雇用の取組は驚異的である。
さらに、国からの障がい者雇用の補助金を一切受け取らず、「課題解決型警備サービス」を提案するという非価格競争により、警備単価は同業他社より10%高く、年間売上1.5億円、9年間黒字経営を続けていることは驚くに値する。
さらに、社員の給与水準も、福岡の同業他社と比べ10%高い。
「課題解決型警備サービス」の中身は、例えば、交通警備の依頼先に対し、一般には依頼先が行う道路使用許可申請を代行している。
これにより交通規制の保安図にA社が介入し、警備員が道路の真ん中に立って誘導する一般的な警備に伴う危険を避け、警備員の安全を確保し、依頼先のトータルコストを引き下げ、A社の警備単価を高めた。
また、施設警備の依頼先に対しては、単なる門番に留まらず、物流倉庫の入庫受付業務のあり方を見直して一部代行し、依頼先の収益に貢献することにより、高い警備単価を引き出している。
働き方の面では、1日長時間勤務が難しい、障がいのある社員には、一人ひとりの状況を見て勤務日数や時間を決めるなど柔軟に対応しているため、常に余剰人員を確保して、急な欠勤にも対応できる体制を敷いている。
I氏は、「障がい者は、納税者になることで誇りを感じられる。社員を大切にして良道な経営に徹すれば、良い人材が集まり、競争力が高まる」と言う。
一方で、顧客は、障がい者が警備の仕事に就いていることに対して、最初はとまどうものの、実際の障がい者の仕事ぶりを見ると、「障がい者の警備員で安全か?生産性は低下しないか?」という不安が打ち消され、立派な働きぶりに納得する。
さらに、同業他社と比べても事故は1/10、クレームも1/3と少ないので厚い信用を置いている。
2001年に前職の警備会社に入社したI氏は、2002年、入社して1年がたったある社員から「自分は精神障がい者手帳を持っています。勤務し続けて大丈夫ですか?」と告白された。
I氏は、彼の働きぶりは健常者に比べて劣るものではなく、彼の働き続けたいという思いを応援しようと試みた。
ところが、そこに、2002年までの警備業法の解釈により、精神や知的の障がい者は「業務を適切に行えない」と判断してきた管轄官庁の壁が立ちはだかった。
管轄官庁は「前例がないから認められない」との回答で、彼は仕事を辞めざるを得なかった。
その後、I氏の粘り強い取組みが功を奏して、彼は復職を果たすのだが、その過程で、I氏は「障がい者を区別する意識こそ見えない壁」という問題の本質に気づいた。
一連の出来事から、障がい者は警備員に向いているにもかかわらず、見えない壁がそれを叶わなくさせているという思いが、I氏の中で大きくなっていった。
その思いを証明するため、I氏は2013年にそれまで勤務していた警備会社を辞めて、鹿児島から福岡に移住し、そこで休眠状態にあったA社で、本格的に障がい者雇用を開始して、2年半後には代表取締役に就任した。
その際に、A社の使命を「障がい者が物心両面で幸せな環境を作ること、障がい者が良道な仕事ができることを社会に証明すること」と掲げた。
A社は、障がい者全員を正社員として雇用して、一人ひとりに向き合った業務・教育を行い、健常者に勝るとも劣らない働きぶりを示して、お客様から高い評価を得た。
A社は、警備依頼先の「課題解決型警備サービス」という市場(池)のクジラとなっている。
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筆者紹介
- アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士 税理士 西浦 道明(にしうらみちあき) - 1981年、株式会社アタックスを創業。中堅中小企業の経営の専門家として「社長の最良の相談相手」をモットーにしている。
東京・名古屋・大阪・静岡・仙台を拠点に、中堅中小企業の総合的なご支援に力を注ぎ、約200名のコンサルタントとともに日本に「強くて愛される会社」を一社でも多く増やすために汗をかく。