新型コロナウイルスの蔓延、半導体不足、サプライチェーンの混乱、資源価格の高騰、急速な円安移行。
数年前には想像もしなかった大きな変化の影響で、今も事業環境がたいへん厳しい業界があります。
一方で事業に大きな強みを持ち、外部環境の変化がフォローの風となって好業績を上げ続けている企業も多くあります。
このような状況の中で企業の経営者とお話をしていて個人的に感じていることをお話したいと思います。
目的や戦略から打ち手を選別する
補助金、助成金、事業承継、M&A、働き方改革、賃上げ、DX、SDGs
ここ数年、お客様との話題で出てくることが多かった単語です。
そうしたなか、新型コロナウイルスの感染拡大、婚姻数や出生数の激減、半導体ニッポンの復活 等々、何か大きなテーマが持ち上がる度に「政策パッケージ」「予算倍増」などと、立法や行政サイドの役割、政策数や政策規模、自負が肥大化していっているように思います。
国民はこれを当たり前と考えるようになり、国会でも「予算をつけろ」一辺倒、企業も自社のビジネスや投資、資本政策に活用しようと政策をウオッチする傾向が強まっているのではないでしょうか。
私は決して新自由主義者ではありませんが、昨今のこの風潮には行き過ぎたものを感じざるを得ません。
- いい企業の売却話の提案があったから買収したい
- 魅力的な補助金政策が出たから何か投資をしたい
- 他の企業が揃って賃上げしているから当社も賃上げしなければならない
- 取引口座を守るために何かSDGsの取り組みをしなければならない
実際にこのようなお話を経営者からお聞きすることの多かった数年でした。
社会や政策、様々な市場の変化に着目し先んじて打ち手を講ずることはとても大切なことです。
ただしその打ち手の上位には企業の目的があり、目標とする状態があり、それに向けた戦略があるはずです。
政策や外部からの提案をそのまま受け入れるのではなく、あくまでも内部起点の戦略にもとづいて良い外部機会を探し出しそして活用していくという、俯瞰的・自律的な視点を折々に再確認することがこういう時期だからこそ大切です。
解くべき経営課題から最適な手段を考える
先ほど挙げた単語に関して外部から企業への提案が増えています。
経営状況のいい企業にはそれこそ日替わりで情報が持ち込まれていることでしょう。
事業承継の重要テーマのひとつ、自社株の承継を一例に話をしてみます。
業績が良く、株価も高そうで、事業承継時期を迎えている会社には「事業承継のご提案」と題する節税やファイナンスのスキーム提案が持ち込まれます。
外部の企業が提案してくるのは往々にして仮定の経営課題に対する解決手段という建付けになっています。
自社株承継における課題と解決手段
では、そもそもこのテーマにおいて解決すべき課題とは何でしょうか。
資金や資本の蓄積が進めば財産としての株式価格は当たり前に上昇します。
非上場企業の株価は会社の資産や収益力の裏付けをもって上がっているのです。
この財産価値の高い株式を、支配権と一体のものとして移転させようとすることで論点がぐっと複雑になります。
株価が高い企業の株式承継に関する本質的な打ち手は、
②株式の持つ財産価値と支配権を分離して承継する
③所有と経営の分離に取り組む
このいずれかが王道であるように私は思います。
少し詳細にご説明します。
①資本効率を高めて株価をコントロールする
自社株評価額を適切な水準にコントロールするのは、資本効率※を高めることである程度解決できます。※利益÷資本(総資本や自己資本)
成長に振り向けることのできない余剰資本はいっそ株主などに還元する。成長投資は適切な財務レバレッジをかけて積極的に実施する。
つまり分母の資本を経営に最適な水準にコントロールし続けるということです。
これを徹底していけば自社株の評価額は経営者の肌感覚に合う水準に収斂してくることでしょう。
②株式の持つ財産価値と支配権を分離して承継する
次に、株価の裏付けとなる資金や資本、株式価値はそのままに、支配権つまり議決権のみを分離して承継を考えることも不可能ではありません。
現在の会社法には様々な種類株式や株式集約の手法が盛り込まれていますので、株主と経営者の分け方についても様々なデザインが可能となっています。
当事者である企業や経営者が正しい理解のもとに法律を活用すれば、企業によっては最適な次世代の資本政策となり得るでしょう。
③所有と経営の分離に取り組む
最後に、現株主にはそのまま株式を保有し続けて貰い、経営陣だけが変わっていくというスタイルです。
株主に株式を保有し続けて貰い、経営側に協調的であり続けて貰うために、経営者は経営を負託された責任を全うし、適切な水準の業績や配当性向を実現し、経営や事業の説明責任を果たすことになります。
中堅中小企業の経営も一子相伝という時代ではなくなりつつある現在、実はこれら3つの視点は、上場企業・非上場企業という括りに関わらず経営者が考えるべきテーマなのです。
資産や収益力の裏付けがあるから株価が高いのに、「資金流出や税発生を抑えたい」という論点を問題解決の最上位に置いてしまうと、企業側の本質的な課題からは遠く離れた解決策を選んでしまうことにもなりかねません。
まとめ
例として挙げた事業承継という話に限りません。
- 株主に資金を還元することはもったいない
- 税金はなるべく抑えたい
- 投資にはなるべく補助金を活用したい
- 資金は減らさずに自社の株価は下げたい
ややもすると「資金、資本の流出を避けることが正義だ」という風潮を受けてこれだけを絶対視し続けると、この思考がやがて思想化・目的化していくものです。
長期にステークホルダーとの共生的な経営を志向する企業にとっては、よくよく注意しなければいけない思考の流れであるように私は思います。
経営者が望む望まないに関わらず、経営状況の良い企業には、
・周りに経営を褒めてくれる人しかいなくなる
・ビジネス機会を求め提案をしてくる人が多く寄ってくる
ようになります。
経営者はこういった企業にとっての「機会」あるいは「誘惑」を冷静に吟味して、自社の目的のための正しい打ち手、手段を選択することをお勧めします。
現在の利益や資本蓄積が高水準だからといって企業の将来を総合的に見た場合、必ずしもベストな状態とは限りません。
数年続く好業績にもいずれ変局点は訪れるでしょう。
利益、資金、資本といった金銭価値で語れることは経営状態のほんの一部でしかありません。
良い経営成績が続いているときこそ、結果としての金銭価値の多寡だけを社内で議論することから一歩踏み出し、利益や資本の上位にある企業や社員の状態、顧客との関係などをどう評価し、定義し、変化させていくのか、経営陣が熟考に熟考を重ね、社を挙げて新しいトライをするのにまたとないタイミングだと私は感じます。
筆者紹介
- 株式会社アタックス・ビジネス・コンサルティング 取締役 廣瀬 明
- 1968年生まれ。企業再生、財務・事業デューデリジェンス業務、M&A、株式公開のサポート等に従事。中堅中小企業への豊富な支援業務を通じて培った知識と経験を活かし、現在大阪事務所のプロジェクトマネージャーとして活躍中。
- 廣瀬明の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。