中小企業の賃上げ率が高水準
2024年6月5日、日本商工会議所は2024年4月時点の賃上げ状況に関する調査を発表しました。
参考:中小企業の賃金改定に関する調査(日本商工会議所HP)
それによると、2023年4月と比べた賃上げ率は正社員で3.62%、パート・アルバイトで3.43%でした。
経団連が同年5月に発表した2024年春季労使交渉の1次集計結果における、大手企業の賃上げ率5.58%には及ばないものの、中小企業でも賃上げ機運が高まっていることが伺えます。
価格転嫁の動向
この賃上げの主要な原資として期待されているのが、販売価格への転嫁です。
中小企業庁が2024年1月に公表した2023年9月の価格交渉促進月間のフォローアップ調査結果によると、価格交渉を希望したのに行われなかった企業は7.8%で、約9割の企業は交渉を行えている(または交渉を行う必要がない)状況となっています。
参考:フォローアップ調査結果(中小企業庁HP)
また実際、価格転嫁ができたか否かについては、価格転嫁できず、または減額されたが20.7%となっており、約8割の企業が何かしらの価格転嫁が行えている(または価格転嫁の必要がない)状況となっています。
筆者が企業再生の現場で話を聞くなかでも、1年程前には「販売価格引き上げを言った瞬間に販売先から取引を切られます」と言っていた企業が、現在では10%~20%程度の販売価格引き上げに応じてもらえたり、販売先側から「販売価格を据え置きにしたままで大丈夫ですか?」と言われるケースがあったりと、価格転嫁の機運がかなり高まってきていると感じています。
国による価格転嫁・取引適正化対策
このように価格転嫁の機運が高まっている要因のひとつに、国による強力な価格転嫁機運の醸成があると思われます。
そしてその具体策のひとつが、令和5年11月29日に内閣官房及び公正取引委員会が連名で公表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(以下、「同指針」といいます)です。
参考:労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針
同指針には発注者側と受注者側が、それぞれ賃上げを目的として販売価格を転嫁するためにとるべき12の行動指針をまとめています。
そして、この指針に沿わない行動をすることにより公正な競争を阻害する恐れがある場合には、公正取引委員会において独占禁止法及び下請代金支払遅延等防止法に基づき厳正に対処していく旨が記載されています。
特に大企業相手に継続的な製品供給を行っている企業であれば、この指針を意識して価格交渉を行うことはかなり有用ではないかと考えます。
発注者もこの指針を意識しているため、同指針における「発注者として採るべき行動/求められるべき行動」を押さえて交渉を行うと、発注者もなかなか断りにくいため、良い交渉が期待できます。
ぜひ一度、同指針をご確認ください。
“本来すべきこと”を忘れていないか
しかし、この価格転嫁機運の高まりに乗じて、本来行うべき価格競争力の強化や強みを磨き上げることを怠るのは大変危険だと思っています。
同指針の「発注者として採るべき行動/求められるべき行動」の行動⑤に「労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと」と記載があるため、価格転嫁の交渉を行った現在においてすぐに取引を切られるということは起こりにくいと思います。
しかし市場経済である以上、本来価格は需要と供給で決まります。
当社より安いコストで製品を作れる同業他社があり、且つ需要より供給が上回るのであれば、製品切り替えのタイミングでコスト競争力の高い同業他社に切り替えられるなどの事象が起こってくるのは必然です。
販売価格の転嫁はとても大事です。
また、この時勢に乗って販売価格引き上げを行うこともとても重要です。
ただし、それで終わってしまい、価格競争力を上げる努力を怠るとその後に大きなしっぺ返しが待っているかもしれません。
そのため値上げ後も、当社の強みを正確に把握して事業ドメインを再定義するなど、競争優位となる戦略を磨き上げるとともに、常に生産性向上によって価格競争力を上げる努力が大切です。
アタックスでは、競争優位を磨く、事業の成長戦略策定のご支援をしています。
筆者紹介
- 株式会社アタックス・ビジネス・コンサルティング 執行役員 中小企業診断士 伊原 和也
- 1996年 武蔵大学卒。大手ノンバンクを経てアタックス入社。中堅中小企業を中心に企業再生支援、M&A支援、中期経営計画策定支援および株式公開支援等を中心にプロジェクトマネージャーとして活躍中。
- 伊原和也の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。