筆者は人事制度構築や会社内の人材開発のご支援をするコンサルタントです。
近年、ベースアップと同様に「定年延長」に関する話題が増えてきています。
今回は本テーマに関する基本的な背景を押さえた上で、退職金の取り扱いに関する注意事項について解説したいと思います。
定年延長を検討する企業の狙い
今、定年延長を考える企業の狙いは、主に以下の2つです。
②社員のやる気向上(雇用の安定と給与水準の引き上げによる)
①については少子化の日本において詳細に語る必要はないでしょう。
②については、今までの流れを振り返り、定年延長を検討する会社が増えている背景を考察したいと思います。
定年延長を検討する会社が増えている背景
定年の最低基準の引き上げ
労働基準法が定める定年の最低基準が55歳から60歳に引き上げられたのは1998年です。
その際、多くの企業では55歳以降の賃金をそれ以前から引き下げる仕組みを取り入れました。
当時も、「同じ仕事をしているのに、なぜ給与が下がるのか」と疑問を持たれることはあり、裁判もおきましたが、生涯賃金が上昇する事実をもって不利益変更の扱いとはなりませんでした。
高年齢者雇用安定法の改正
時が過ぎて2013年に高年齢者雇用安定法が改正されます。
この段階では
②再雇用等の継続雇用制度導入
③定年廃止
の選択肢のいずれかを選ぶことが求められ、多くの企業では②を選択し、1年単位契約の再雇用制度を取り入れました。
2021年には更に改正され、65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの就業機会を確保するための努力義務も付されています。
ただ、定年の最低基準が引き上げられた1998年の時と異なるのは、今、多くの会社が、60歳を超えた社員を1年単位契約の「非正規社員」で雇用していることです。
同一労働同一賃金における再雇用の扱い
ここで必要になるのが、同一労働同一賃金対応、つまり正規社員と非正規社員の格差是正の視点です。
実際のところは判例からも、定年後に再雇用で非正規になった方は格差是正の対象外になっているのですが、多くの再雇用者にはそれが認識されていないため、仕事や処遇に不満を持ちやすく、働く期間が伸びることによる生涯賃金の上昇だけでは再雇用に関する共感を得られにくくなっているのです。
従って、再雇用者のやる気向上には、是非、定年延長をご検討ください。
定年延長後の給与水準について
さて、定年延長をすると、昇給も賞与も今まで通りにしなくてはならないと考えがちですが、そうではありません。
再雇用制度の水準より生涯賃金が減ってはナンセンスですが、制度設計上、それより増えるのであれば不利益変更にならないでしょう。
再雇用制度の時と比べ、どの程度給与水準を引き上げるべきかは、会社の置かれた経済状況により変わりますが、「正規社員」であるという心理的な安心感は仕事へのやる気につながります。
もちろん、どの程度人件費が増額するかシミュレーションすることは必須で、残業代への影響など細やかな対応が求められますが、賃金が上昇する変更なので、法的なリスクはあまり存在しません。
退職金支給に関する注意
ただ、注意が必要なのは退職金です。
65歳に定年を引き上げ、退職金の支払いも65歳にする場合は特段問題ありません。
しかし、住宅ローン返済などの事情により社員側から60歳で支給して欲しい、という声が上がるケースもあり、この場合、悩ましい問題となります。
残念ながら現時点では、定年年齢は引き上げるが、退職金は60歳時点で支給する、という方法を取ることにはリスクがあります。
本来退職金は社会保険の対象外なのですが、退職していないという事実から「賞与」扱いになり社会保険対象になってしまう可能性があるからです。
やっかいなのは、労働局によって見解が異なることです。
ある労働局では「問答無用で賞与扱い、社会保険対象である」。
別のある労働局では「事業主の都合等により退職前に一時金として支払われるものに該当し、対象外である」。
同圏内の別の労働局では「社員が退職金の受給時期について選択できる仕組みで、60歳受給を選択した場合、事業主の都合によらないので、賞与扱い、社会保険対象である」。
厚生労働省や日本年金機構本部は、「一般からの問い合わせに対応できない」という回答でした。
退職金の支払い時期が遅れるために、従業員貸付制度の設計まで検討する企業もありますが、少数です。
退職金の支給時期が後ろにずれることは、社員側のデメリットなので悩ましいところですが、退職金の支給時期の前倒しを検討する場合は、必ず所轄の労働局の見解を確認の上、定年延長の検討を進めてください。
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筆者紹介
- 株式会社アタックス・ヒューマン・コンサルティング 取締役副社長 永田 健二
- 1999年 静岡大学卒。中期経営計画策定支援、組織風土分析支援、人事制度構築支援、人事制度運用支援などに従事。新入社員研修、中堅社員研修、管理者研修、各種個別研修など研修講師としても活躍中。
- 永田健二の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。