先般、大学院生達と島根県の海士(あま)町を訪問してきた。海士町といっても馴染みのない読者が多いと思われるので少し説明すると、場所は島根県の北60㎞の彼方の日本海に浮かぶ隠岐諸島の1つ、「中ノ島」全域を行政区とする町である。
歴史に関心ある人ならば、「承久の乱」(1221年)で敗れた後鳥羽上皇が島流しされた島、といった方がわかりやすいかも知れない。
海士町の人口は僅か2,400人、その高齢化率はなんと39%、行政区域面積は僅か33.5㎢、そのうちの可住地面積比率は僅か20%という想像を絶する過疎の町である。当然のことながら、この町に行く方法は船しかなく、当日も鳥取県境港から5分ほど車で走った島根県七類港から、1日僅か2便しかないフェリーで荒れた海に揺られ渡ったが、
その時間はなんと3時間を費やした。
今回、こんなにも交通不便な離島の小さな町をわざわざ訪問した訳は、ありとあらゆる経営資源やマーケットが豊富に存在している本土の多くの市町村が、この間、なし得なかった「地域再生」を、逆にないない尽くしの海士町は、全町民の英知と努力を結集し実現しつつあると聞いたからである。
事実、町の資料を見ると、平成16年から平成22年までの6年間に、この町に「Iターン」した人はなんと310人、そして世帯数では188世帯を数える。
つまり、この町の全人口の13%、全世帯数の17%は、この僅か6年間に、この不便な離島の町にわざわざ移り住んできた人である。
しかもその大半は東京や大阪等大都市圏に立地する有力有名企業に勤務していた20歳代から40歳代の研究職・技術職・企画職といった知識社会が強く求める知的人財である。さらに言えば、Iターンした約10名が既にこの町で起業に成功している。
こうした海士町の再生のキーマンは現町長である山内道雄氏である。「このままでは海士町は日本海に沈む」と衰退著しい町の未来に危機意識を募らせ立ち上がった。平成14年に町長に就任するや、「茹でガエル現象」に陥っている公務員や議員さらには住民の抜本的な意識改革を進めるため、町を「株式会社」に例え、自らが先頭に立ち、様々な地域再生のために事業を実践していったのである。
その1つのプロジェクトが「Iターンが日本一多いまちづくり」であったのである。より驚かされるのは、そのための財源であるが、山内町長の就任早々の50%給料カット分と、町長の献身的な仕事ぶりに、呼応するかのように全公務員や全議員が主体的に申し出た大幅な給料カット分、さらには、そうした公務員の姿勢と努力に感動・感嘆・感銘した地域住民や地域団体が辞退・返上した補助金分等で捻出したという。語ってくれた山内町長の眼からは涙が溢れ出ていた。いやはや、驚くべき町であった。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。