岩の湯~顧客に支持される旅館

経営

長野県須坂市の郊外、スキー場で著名な菅平のふもとにある仙仁温泉の一角に「岩の湯」と言う名の小さな和風旅館がある。ロケーションはお世辞にも便利なところにあるというわけではない。

しかしながら、当旅館はホームページを持たないばかりか、広告宣伝費もほとんどかけなくても、全国各地からわざわざ訪れる「こだわり客」で、常時1年先まで18部屋は予約で一杯である。もとより、料金が格安だからではない。事実、1泊2食の宿泊料金は6人部屋で1人当たり3万円前後である。

温泉地に立地する旅館の多くは、近年、客離れや、顧客の奪い合い競争の激化、さらには、その結果としての客単価の低下が著しく進行しており、その業況は総じて厳しい。

事実、統計を見ると、20年前、全国には約7万9千軒の旅館があったが、現在では約4万9千軒と、この間、3万軒、率にして38%もの大幅な減少となっている。

ではなぜ、この辺鄙な場所にある小さな高級旅館が、多くの宿泊客の高い支持を受けているのであろうか。

その要因は、こだわりの施設面・食事面、さらにはチェックアウトタイムが15時~16時といった時間面等多々あるが、最大の要因は、従業員の家族的な心からのおもてなしや感動のサービスの数々にあるといえる。

その内容やエピソードを本稿で取り上げる紙面的余裕はないが、そのこと以上に、読者が知るべきは「なぜ当旅館では、従業員1人1人のおもてなしのレベルが高いか、なぜサービスのレベルが感動的か」である。

その回答をあえて一言でいえば、当旅館では宿泊客にサービスを提供する「従業員とその家族」をトコトン重視した経営が貫かれているからである。

例えば、温泉地の旅館は年中無休が一般的であるが、当旅館の年間休館日は、なんと27日である。しかもその休館日は、これまた驚きであるが、夏のお盆時期・クリスマス時期そして年末年始時期である。

この時期は、温泉地の旅館は正直稼ぎ時であり、正直、その宿泊代金も通常の1.5倍以上に跳ね上がるのが一般的である。しかしながら、当旅館はこの時期に、あえて旅館そのものを休館日にしているのである。

その理由は「従業員とて人間、この時期は誰だって久方ぶりに家族水入らずで、家族団らんの一時を過ごしたいだろうから…」と社長は言う。

こうした従業員とその家族思いの経営姿勢が、従業員とその家族の心をシカととらえ、宿泊客への感動サービスへとつながっているのである。「CS」が低い企業の将来は危うい。

だからこそ「ES」が重要なのである。

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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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