東京の地下鉄丸ノ内線西新宿駅から歩いて3分ほど行った古いオフィスビルの6階に、有限会社「まるみ名刺プリントセンター」という社名の小さな企業がある。社員数は正社員が6名、パートさんが2名、正社員のうち3名は精神に障がいのある社員さんである。
主事業は社名の通り、名刺の作成が73%と中心で、その他、ハガキや封筒・チラシの作成が17%。変わったところでは、オリジナルのトランプの作成が10%である。オリジナルのトランプとは、トランプに思い出の写真や文章が印刷されているもので、例えば、子供が生まれた時から成人するまでの写真が印刷されたトランプ等である。
当社の創業は今から20年前の1996年、現経営者である三鴨岐子氏の父親が家業としてスタートしている。10年前の2006年からは、父親が引退し、廃業の選択肢もあったが、数名とはいえ社員もいたため、現経営者があえて事業承継をしている。
障がいのある社員の雇用のきっかけは、小さいながらも、特別支援学校や就労移行支援施設から、障がい者の就職やインターンシップを要請されたことがきっかけである。加えて言えば、自身の妹が生まれながらの視覚障がい者であり、離れた施設で暮らしているということもあり、障がい者の働く喜びの創造は、健常者の使命と責任と感じていたこともある。
先日、ビルの6階のうなぎの寝床のような事務所の、これまた狭い通路に立ち、正社員6名の朝礼や作業風景を見せていただくとともに、三鴨社長さんから、障がいのある社員に対する色々な配慮に関する話を伺ったが、正直、ここならば障がい者は幸せだろうと、実感した。
朝礼は、まず全員が今日一日に取り組む仕事と自身の気分や体調についての報告があり、全員で助け合いながら仕事に取り組みましょうという社風が醸し出されていた。そして、最後に三鴨社長が、社員一人一人に対し、無理をしないよう気遣うような挨拶があった。
余談であるが、障がい者の多くは薬を多用していることもあり、起床が苦手の人も多く、このため、三鴨社長や他のスタッフは、毎朝障がいのある社員一人一人の自宅に、30分刻みで電話をかけ、起床を促すとともに出社を促しているという。それゆえ、当社では遅刻や欠勤をする社員は一人もいないという。
順調に成長発展しているならば、本稿に取り上げないが、実は、筆者が最近、当社にわざわざ訪問したのは訳がある。それは、これまで当社の売上高の35%を占めていた発注者が、もっと安い受注企業が見つかったからという理由で、当社への発注を止め、仕事量が激減していると聞いたからである。
そんなことをする発注者にも問題があるが、ともあれ、こんなにも世のため・人のためになるいい企業を支援せねば…と、研究室や私個人の印刷物を依頼しに出かけたのである。本コーナーの読者諸氏にも是非支援して欲しい良い企業である。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。