福島駅から車で30分ほど走った山間のまちである川俣町に齊栄織物株式会社という社員数が10数名の中小企業がある。
主事業は社名の通り、絹織物の製造販売である。周知のように、織物には先染織物と後染織物があるが、同社が得意とするのは先染織物で、その加工は高度な技術を必要とする。
川俣町は古くから絹織物の産地として栄え、大正時代には全国の生産量の1割を占めていたが、その後、低価格の輸入品や化学繊維の台頭により、年々減少し、今や川俣地域にも数社が残るだけである。しかしながら、その中にあって元気な絹織物業がある。
その代表格が、今回取り上げる齊栄織物である。同社が関係者の間で注目されるようになったのは数年前である。それは同社が世界で最も薄い絹織物「妖精の羽」(フェアリーフェザー)の製造に成功したからである。
ちなみに、その薄さはというと、撚り合わせても8デニール、わかりやすく言えば、人間の髪の毛の6分の1の細さである。先日、同社の本社を訪問し、この素材で製作されたウエディングドレスやストールを見せていただいたが、その光沢といい透明感といい、またその軽さといい、それはまるでオーロラのような商品であった。
ちなみに、ウエディングドレスは、既存商品と比較し3~4倍の絹糸を使用しているにもかかわらず、その重さは何と600gに過ぎない。
素材そのものはブラジルで生産されているものであるが、その素材に着目し、業界の将来を賭け、製法技術を確立し、用途開発に成功したのである。とは言え、長い間失敗の連続で、この素材の製法技術を完成させるまで4年の歳月を要している。
しかしながら、この素材と商品の存在が、展示会やマスコミの記事等により、国内はもとより世界中に知られていくに従い、この商品の軽さや耐熱性、さらには美しさに着目したアルマーニなどの大手ブランド企業や有名デザイナーなどから注文が相次ぐようになり、現在はフル操業である。
近年では、衣料品という分野ばかりではなく、気象衛星のパラシュートや高級ふとん、光ファイバーを覆うテープ、さらにはiPS細胞の培養に用いる皮膜材等に使用したいといった依頼が増えているという。
こうした元気な中小企業の存在を知ると、企業とは「指示待ち業」ではなく「需要創造業」ということができる。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。