名経営者の話

先般、大阪市内で「人を大切にする経営学会」関西支部の定例会が開催された。そこで大阪市内のN社長さんの話を聞きました。

話してくれた社長さんはもとより、会場で聞いていた多くの参加者も、ポケットからハンケチを出し、涙をぬぐっていました。

こんなことがあり得るのかと思うほど、感動・感嘆・感激する内容でした。こういう経営者がいるということを知って欲しく、N社長から聞いた話の内容を、今回は一部紹介します。

N氏は、モノづくりでは著名な中小企業の3代目の社長さんです。しかしながら、創業者はもとよりですが、著名な名経営者である2代目社長であったW氏とも、血縁関係のない人です。しかも入社は30歳近い中途入社の社員です。

N氏の入社のきっかけは、N氏の実家の父親が経営していた小さな鉄工所が倒産してしまったからです。N氏が、実家が危ないと知り、勤務していた大手商社を辞め、実家に入社したのは、時すでに遅い倒産するおよそ半年前でした。

借金は毎月、雪だるま式に増え続け、挙句の果て、ある日、メインである納入先が、倒産してしまいました。N氏の実家も、その影響もあり、連鎖倒産をしたのです。家族が路頭に迷っている時、T社の2代目社長であるW氏が、駆けつけ声をかけてくれました。

T社は、N氏の実家の鐵工所には、1年に数回発注するだけの企業で、決してメインの取引先でもありませんでした。加えていえば、実家の鉄工所に、高度な技術があったわけでもありません。

にもかかわらず、倒産のうわさを聞き、W氏は、T社の金庫にあった現金全てをもってN氏の実家に駆けつけてくれたのです。

そして、明日からの生活にも困るだろうと言って、N氏の家族・従業員全員を、T社の正社員として迎え入れてくれたのです。

余談ですが、N氏の実家では、債権者に対し、「債務の9割カット、1割を10年で返済する」という再建計画を提示しようとしていました。

それを聞いたW氏は「そんな支払い計画では、君も、君のご両親も、また君の奥さんや子供たちも、一生、白い目で見られ、堂々と生きることができなくなる。精一杯応援するから、10割、全て払いなさい…」と叱責しました。

そして、縁もゆかりもないT社が、2億円の債務の保証を引き受けてくれたのです。親戚でもない、メインの取引先でもない小さな鉄工所に対し、これほどの支援をする企業など、私も見たことも聞いたこともありません。

ちなみに2億円の債務は、10年以上かかったそうですが、家族全員の死に物狂いの働きで、完済しました。

なんと、そのN氏が、T社の2代目の社長であるW氏の推挙もあり、3代目の社長に就任したのです。

N社長の話を聞いていると、2代目社長であったW氏が推挙した理由が良くわかりました。

余談ですが、N氏が入社後、10年ほどたった、ある日、2代目社長であるW氏に「少し話がある…」と、昼食に誘われました。

その折、2代目社長は「N君…、よう頑張ってくれているなー…、来期から、君を取締役に推挙しようと思っているが、引き受けてくれるな…」と言われたのです。

N氏は、T社に骨を埋めるつもりで毎日働いていますが、「まさか自分が取締役に…」と声を掛けられ、昼食会場であるホテルのレストランで、男泣きしたそうです。

W氏は、私も親しく長いお付き合いをしている方ですが、全ての面で「経営者の模範」のような方です。

あげく、3代目にバトンタッチしたら代表権を返上するどころか、会長にもならず、3代目のN社長のたっての要望で「顧問」となりました。しかし、2ヶ月に1回、会社に来るか来ないかです。
 

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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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