法的定義や心情的解釈はともかくとして、クールに生活者の視点に立脚し、評価すれば、中小企業とは、単に大企業に対する物的比較概念に過ぎない。
もっとはっきり言えば、もしも、この世に大企業という企業体が存在していなければ、当然のことながら、中小企業という名の企業体も存在していないということになる。
事実、わが国において、中小企業という表現が使われるようになったのは、大企業の存在が多数認められるようになった、第二次世界大戦中であり、それが一般化したのは、戦後である。
また、中小企業という呼称は、単なる静態的・時間的な概念に過ぎない。というのは、ある時点で見れば、中小企業であった企業が、何年か後には大企業に成長発展したといったケースである。
もとより、この逆で、大企業であった企業が経営不振に陥り、リストラを繰り返し、何年か後に中小企業になってしまったケースもある。
その意味でいえば、生き物である企業を大企業と中小企業とに、厳密に区分しなければならない絶対的な必要性があるわけではないのである。
このことは、国民経済、その主役である生活者の側に立脚し考えればすぐわかる。つまり、自分が消費・購買する「財」の提供書が、大企業であれ、中小企業であれ、あるいは、国産品であれ、輸入品であれ、価値ある商品・サービスでさえあれば、関係ないからである。
では、なぜ、大企業と中小企業とを、業種別に「資本金」と「従業員数」という2つのメルクマールで厳密に区分しているのであろうか。
それは、統計的な意義もあるが、より重要なわけは、わが国においては、中小企業という理由で、至れり尽くせりの中小企業対策や税の軽減等、優遇策が講じられているからである。
つまり、両者を区分する明確な定量的な定義がないと、政策当局や担当者が、その時々の問題意識や感情により、支援の必要性を判断してしまい、公正な施策・対策を講じることができなくなってしまうからである。
ともあれ、中小企業という理由で、これまで長らく実施されてきた中小企業対策や税制であるが、時代の根底的変革を踏まえ、今やそのあり方を、抜本的に見直すべき時が来ている。
というのは、これまで長きにわたり至れり尽くせりの中小企業対策が実施されてきたが、その結果としての現実を見ると、この間の中小企業の衰退傾向は、目を覆うばかりだからである。
その現実を踏まえあえて言えば、これまで、大金を投じ講じてきた中小企業対策は、中小企業問題の解決や中小企業の成長・発展に、思うような効果を発揮することができなかったといっても過言ではない。
では、その原因はどこにあったのであろうか。
それは、施策当局はもとより、多くの中小企業が「中小企業とは何か」とか「中小企業はなんのために存在しているのか」といった中小企業の本質的な問題(あり方)に対する理解・認識が不足していたからと思われる。
もっとはっきり言えば、大企業と中小企業の最大の違いを「規模の違い」「資本力の違い」と捉え、このことこそが、格差をもたらす最大級の問題と評価・位置付け、「あり方」ではなく、そのための「やり方」を中心とした対策を講じてきたからといえる。
こうした理解・認識をしてしまうと、中小企業のあるべき姿は、大企業になってしまうし、だからこそ、中小企業問題の核心は、大企業と中小企業との物的・質的な格差になってしまうからである。
では、中小企業のあり方を決定する「大企業と中小企業との違い」は何であろうか。どんな業種・業態・地域にも存在する、ぶれず成長・発展を続ける価値ある中小企業の例外のない特長を踏まえ、あえて言えば、その本質的な違いは、規模等ではなく「生きる世界が違う生物」と捉えるべきである。
より分かりやすく言えば、両者を海で生きる生物に例えると、大企業は、深い・広い海で生きるクジラやサメのような生物であり、一方、中小企業は、浅い狭い海(浅瀬)で生きるボラやシロギスのような生物という意味である。
それを経営学的に言うならば、大企業は資本力や規模力が優位に働く「大きな市場」で生きるべき企業であり、一方、中小企業は、大企業が、やらない・やりたくない・手間暇のかかる少ロット・小回り性が求められる「小さな市場」で生きるべき企業という意味である。
こうした生存領域を守らず、大企業こそが担うべき、規模の経済が、いかんなく発揮できる市場に、中小企業が進出すれば、その行く末は、大企業との競争に巻き込まれ、哀れな幕切れとなるか、あるいは、大企業に依存・追随する下請的な経営に陥ってしまうのは当然である。
しかしながら、現実はこの原理・原則を守らず、大企業の下請の道を選んでいる中小企業がやたら多い。その結果、中小企業同士が、過度な価格競争や、仕事の奪い合い競争に陥り、自らを苦しめている。
ではどうしたら、時代が強く求める「強くて優しい価値ある中小企業」を多数、輩出・増加させることができるのであろうか。
その方法は、中小企業自身が、時代が求める価値ある企業になろうという強い気概と覚悟をもって、これまで以上の経営革新努力をすることは当然であるが、一方、それを促進・支援する施策当局の使命・役割も大きい。
その重大な使命の一つは、これまで漠としていた「あり方」、つまり「中小企業のあるべき姿」を明確に提示することである。そして、そうした中小企業になろうとする自助努力する中小企業への支援こそを充実強化すべきである
「中小企業のあるべき姿」を、一言で言うと「自立中小企業」「独立中小企業」「値決めのできる中小企業」である。
このためには、長らくビルド・ビルドを繰り返してきた、まるで福祉対策のような中小企業対策の根本的見直しも必要となる。
また、その施策対象や期間も、中小企業という理由で30年どころか50年以上も利活用できるような「規模重視」の対策を改め、その中小企業のステージに応じた甘えを認めず、変革を促すような「期間重視」の対策への転換も、必要不可欠である。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。