浜松市の郊外に「静岡県セイブ自動車学校」という社名の自動車学校があります。
数ある自動車学校の中でも、規模こそ中堅ながら、その経営の考え方・進め方はお見事で、まさに5方良し経営のモデルのような企業です。
こうした経営が評価され、数年前には同社に「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞が授与されました。
同社のリーダーは、早川和幸さんです。小学校4年生の時、福岡の片田舎から、職を求め、父と幼い妹と弟の4人で、親戚のいる浜松に引っ越してきた方です。
お父さんは、その親戚に子供3人を預け、隣町に住み込みで働きに行きました。ですから、親戚が営む養鶏の仕事を手伝いながら、幼い妹と弟の面倒を、小学校4年生の早川さんが、ずっと面倒を見たのです。
コラムの都合で、多くを語ることはできませんが、幼少の頃、これほどの、ご苦労と努力をした少年はそうざらにはいないと思います。
経済的にも、誰にも頼ることができず、勉強好きの早川さんは、朝や夜、それどころか空いている日中も、アルバイトをしながら、生活費や学費を稼ぎ、妹や弟の面倒を見たのです。
ですから、高校も大学も夜間に行かざるを得ませんでした。
早川さんは、自分と同じ境遇の子供たちに、夢と希望を持って生きることを教えたいと、学校の先生になりたかったのですが、早川さんの問題ではなく、様々な事情で、それが叶いませんでした。
それでやむなく、地元の自動車学校に一事務員として就職したのです。職場では、早川さんは、誰よりも仕事ができる社員であったことは言うまでもありませんが、加えて、誰に対しても優しく、正義感の人一倍強い方でした。ですから、あっという間に、仲間にも慕われ、その自動車学校の幹部にも抜擢されました。
入社した自動車学校の経営者に対しても、「おかしいことは、おかしい」「間違っていることは間違っています…」と、はっきり言う幹部社員でした。
とりわけ、早川さんが、社長に言い続けたことは「企業は社会的公器」「重要なことは企業の業績ではなく、スタッフの命と生活…」といったことでした。そして、私物化したような経営、公私混同したような経営、できなかった社員への人間性を無視したかのような𠮟責経営は、間違っていると言い続けたのでした。
最初の頃こそ、社長は、早川さんの苦言・意見に耳を傾けてくれ、自由に仕事をさせてくれましたが、それが重なるにつれ、早川さんを次第に遠ざけていきました。苦言を言われるのが嫌になった経営者は、早川さんが激務・過労で体を壊し、入院すると、何と早川さんをリストラしたのです。
こんな経営が許されるはずはありません。こんな経営が、お天道様に顔向けのできる経営のはずがありません。当然ですが、その自動車学校は、その後1年たつか経たないうちに実質倒産してしまいました。
当時、その自動車学校をリストラされていた、早川さんたちは、理想の自動車学校を開学する準備中でした。
その最中に、金融機関など債権者や最後まで残っていた多くの社員から「戻ってきて欲しい…そして再建して欲しい…」と嘆願されたのでした。早川さんは、その倒産会社の経営を引き継ぐことは、ゼロどころかマイナスからのスタートであり、倒産会社の風評もすこぶる悪く、描いた理想の自動車学校の開学とのはざまで悩みました。
最終的には、「かつて自分を支えてくれた誠実に働く社員やお世話になった金融機関や地域社会を見捨てるわけにはいかない…」と考え、「自分が開学しようとしていた理想の自動車学校をここで実現しよう…」と決意をしたのです。
そして、自身は身を粉にし、働くとともに、5方良し経営を見事に実践され、短時日に見事再建したのです。そして、今や、静岡県内でも有数の自動車学校にまで成長発展させたのです。
静岡県セイブ自動車学校が「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞を受賞した理由は、こうした早川さんの経営の考え方・進め方や経営手腕もありましたが、それ以上に、私たち審査委員の心を震わせたことは、地域貢献や社会貢献の姿勢です。
早川さんは、自分自身が幼少の頃から、想像を絶するようなご苦労をされているにもかかわらず、世のため人のためのぶれない経営を一貫して行っているのです。その全てをここで紹介はできませんので、私が最も感動した児童養護施設の子供たちへの「自動車免許証」取得の支援活動について少し紹介します。
周知のように、児童養護施設は、両親のいない児童や両親はいるものの、養育放棄をされた児童、さらには親の虐待を受けている子供たちを預かる施設です。現在でも、この施設で暮らす児童が下は1歳から上は18歳まで、全国に約3万人もいるのです。ご承知のように、施設の児童たちは、18歳になると自動的に施設を出なければなりません。その時、引き受け手や就職先が決まっていなければ、住所不定のような生き方になってしまいます。
早川さんは、自分も一歩間違えば、養護施設で暮らしていたかもしれないと、児童養護施設で18歳になる子供たちの就職活動の支援になればと、免許証の取得支援をしているのです。この支援活動は、驚くことなかれ、その先どうなるかわからない再建社長になった年から、今日まで23年間継続しているのです。
ちなみに、浜松市内には現在2つの施設があり、そこで18歳を迎える子供たちが、少ない年で1名、多い年では5名いますが、人数に制限を設けず、該当者全員に、その全額を支援しているのです。かかる費用は決して少ない金額ではありませんが、早川さんは「この子たちに皆、幸せになって欲しいのです…」と目を赤くして話してくれました。早川さんのあまりの優しさに接し、私は涙を禁ずることができませんでした。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。