沖縄県那覇市に、琉球補聴器という社名の社員数35名の中小企業があります。主事業は、補聴器専門、社員数は35名の小売店です。
同社の創業者は、森山勝也氏。沖縄本島から360㎞離れた人口わずか1000人の多良間島の出身です。創業者は、18歳になると、実家に仕送りをするため、風呂敷包み一つ、片道切符で沖縄本島に渡るのです。
企業の看板を見ると、片っ端から「働かせてください…」と嘆願をしたのですが、なかなか就職先が見つかりませんでした。ようやく20ヶ所目で、様々な電気製品を扱う卸売店の社長の計らいで職を得たのです。しかしながら、身分はアルバイトでした。
食と寝る場所を得た森山さんは、アルバイトはいえ、自分を採用してくれた社長に御恩返しをするためと、多良間島に住む両親や兄弟に仕送りをするため、がむしゃらに働きました。
苦労と努力が認められ、直ぐに正社員となり、そして30代半ばには、その企業の補聴器部門の責任者に抜擢されました。
しかしながら、それから数年後、お世話になった社長が病気で急逝してしまうのです。良くある親族の財産争いが発生し、勤務していた企業は内部崩壊寸前になってしまいました。
森山さんは、ごたごたに巻き込まれるのが嫌で、保証も何もない中、辞めようかと思っていました。森山さんの心を動かしたのは、部下からの嘆願でした。「森山さん、この事業を止めると補聴器を必要としている多くの人々は生活が困る。森山さんならば、きっとこの部門の再建ができる。資金は、私たちも出すから、補聴器部門を親族から買い取り、新会社を立ち上げてくれ…」と言われたのです。
そうして1987年、勤務していた企業の親族から買取・分離し、スタートした企業が、現在の琉球補聴器なのです。
余談ですが、部下が、その時、用意したお金は、何と1000万以上あったと言います。
このことを見ても、いかに同社の創業者は、仲間に信頼されていたかが良くわかります。
その後、創業者は60歳で引退し、「近くにいると何かと口出しをするから…」という理由で、沖縄本島北部の小さな村で、養鶏業をスタートさせています。
後継経営者となった長男である森山賢氏も、当初こそ、張り切り過ぎたこともあり、社員との軋轢等、幾多の苦難を経験しましたが、この間、全社一丸となっていい会社づくりに取り組んできました。
その結果、今や離島の2店舗を含め沖縄全土に6店舗のお店を持つ、沖縄県ナンバーワンの補聴器専門店、かつそのシェアは70%の会社までに成長発展したのです。
沖縄県内に全国チェーン店をはじめ、30数社の補聴器販売店がある中、なぜ、後発である同社は、顧客に選ばれ続けてきたのでしょうか。
結論を先に言えば、同社は、この間「業績ではなく人を大切にする経営」「自利経営ではなく利他経営」「損得重視経営ではなく善悪重視経営」「ワンマン経営ではなく全員参加経営」といった正しい経営をブレず行ってきたからと思います。
その具体例は多々ありますが、ここでは3点に絞り述べてみます。
第1点は、補聴器に特化した経営です。
一般的に補聴器を販売するお店はメガネ屋さんです。高齢社会化の流れもあり、近年ではメガネ屋さんが続々と、歩補聴器市場に参入しています。
しかしながら、同社には、メガネは1つもなく補聴器のみなのです。
補聴器だけでは市場の限界もあると思いますが、創業者や二代目社長は「補聴器は深い…、二足の草鞋を履いて中途半端な経営では、顧客から絶大な支持をいただき、顧客満足度を高めること等到底できない…」という考えだからです。
ちなみに、全国に補聴器販売店は7600店舗あり、「認定補聴器技能者」という国家資格を有する社員が約4300人いますが、大半のお店では、この資格取得者は2名前後、多いお店でも8~9名、中には資格者ゼロというお店も存在します。しかしながら、同社は35名の半数以上の社員が取得者なのです。
第2点は、徹底したアフターサービスです。
補聴器は1万円から80万円、平均単価は30万円から35万円という、高額商品です。しかも大半の顧客は、高齢者や障がい者ということもあり、補聴器の販売より、むしろ販売後を重視し、徹底したアフターサービスを行っていることです。
例えば、相談があれば30分以内に二輪車で駆けつけるサービス、しかも部品を取り換えない限り無償のサービスを実施しているのです。数十㎞離れた顧客のもとに1500円の電池を取り換えに行くことも頻繁にあるといいます。もとより店舗まで来られないお客様のためには定期的な訪問サービスも実施しています。
第3点は、コミュニケーション重視・全員参加の経営です。
同社の最大の特徴であり、強みはここであり、そのためにこそ毎朝開催されている「朝礼」もそのための手段として開催されています。
こういうと、朝礼など、どこでもやっているという読者もいるかもしれませんが、同社の朝礼は、定例のありきたりの朝礼ではありません。間違いなく日本一の朝礼と思います。
同社の営業時間は、月曜日から土曜日までの9時から18時までですが、朝礼は月曜日から土曜日までの毎日8時から9時まで、もとより、全社員が参加して開催されます。ちなみに離島のお店に勤務する社員はオンライン参加です。
オンラインのための大きなスクリーンを正面に、全員がUの字に座ります。そして司会進行の社員(交代)が、朝礼を進めます。紙面の都合で多くは語れませんが、私は仕事柄、これまで多くの企業の朝礼に出させていただきましたが、琉球補聴器の朝礼は、読者の方々にも学んでほしい見事な朝礼と思います。
アタックスグループでは、1社でも多くの「強くて愛される会社」を増やすことを目指し、毎月、優良企業の視察ツアーを開催しています。
視察ツアーの詳細は、こちらをご覧ください。
筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。