1990年当時、日本には73万の工場が存在していましたが、比較のできる2019年統計では34万となっています。
このおよそ30年間で、半分以下に激減しているのです。
その原因は、経済社会のソフト化・サービス化やグローバル化にもありますが、最大の要因はそうではなく、日本の工場の多くが、新たな時代が求める価値ある工場に、変化・変貌できなかったからと思います。
加えて言えば、人々、とりわけ社員が求める価値ある経営の実践が不十分であったからと思います。
というのは、この間、減少・消滅してしまった工場を詳細に分析してみると、その大半は、独自技術・独自商品、あるいは独自のビジネスモデルを保有していない、取引先におんぶに抱っこといった下請企業や人を大切にする企業づくりが不十分であるばかりか、人財の確保・育成・定着にこの間、注力してこなかった工場だったからです。
逆に言えば、時代変化を直視し、時代が求める価値ある商品を生産している工場、企業経営のやり方ではなく、あり方を重視し、社員とその家族第一主義経営を実践してきた工場は、この間、隆々と成長発展しているからです。
つまり「問題は外ではなく内にある」のです。
このことを、見事に証明してくれる1社が、今回紹介する昭和測器株式会社です。同社の本社は、都内JR秋葉原駅近く、工場は八王子にあり、社員総数は約30名という中小企業です。
主事業は、自動車・鉄道車両・航空機・船舶等の輸送機器や、工作機械・医療器械等の各種振動計測器のメーカーです。
社員数は30名の中小企業ながら、業界初の商品を連続的かつ波状的に開発しており、大手企業からも一目置かれている企業です。
同社の創業は、1968年、現会長である鵜飼俊吾さんが個人でスタートしています。鵜飼さんは、岐阜県の出身で、幼少の頃家業が倒産、学校を卒業し創業した会社が倒産する等、苦難の道を歩いてきました。
29歳の時、故郷を離れ上京し、サラリーマン生活をしつつ、経営の勉強を重ねるとともに、創業資金を蓄え、1968年、創業したのです。
それから55年、この間、一度も赤字を出さず、業界でも一目置かれる企業にまで成長発展させたのです。
鵜飼会長がこの間、重視してきた経営は多々ありますが、ここでは、多くの中小企業に参考になると思われる要因を3つに絞り紹介します。
第1点は、人間尊重の経営の実践と思います。
鵜飼さんは、かつて創業した企業が倒産したのは、自利優先の経営・経営者優先の経営にあったと深く反省し、新たに創業した企業は、利他経営、5方良し経営といった正しい経営をせねばと、「一燈照隅、万燈照国」という経営理念を掲げました。
それを実現するためには、まずは、1人一人の社員を一人の人間として尊重しなければならないと考えました。
具体的には、採用する全ての社員を、勤務形態を問わず、正社員として採用することにしました。
そして、給与や賞与も「社員が稼いでくれたお金」と評価位置付け、中小企業でありながら、大企業並みの給与や賞与を支給してきたのです。
また財務情報は、包み隠すことが無いよう、すべてオープンにし、超ガラス張り経営を行ってきました。
また、企業は社会的公器と位置づけ、株も全社員が入社時点から持ち株制をとっています。
ちなみに、新入社員の株の購入資金は、配当金で充当し、個人の負担は一切ないのです。
さらには、役員の社員も、役割の違いだけで、全員が同列であると位置づけ、全員が「さん」付けで呼び合うようにしたのです。
加えて言えば、役員もタイムカードがあるばかりか、職場内の清掃も毎日するし、定期的に本格的なトイレ当番までもあるのです。
こうした社員思いの経営を愚直一途に実践すれば、経営トップに対する社員の信頼度は高まり、結果として社員のモチベーションが高まるのは当然と思います。
第2点は、同社が成長発展してきたのは、この間、研究開発に注力し、独自技術・独自商品を創造確保し、他力本願的な経営、値決め権のない下請型企業経営を避けてきたからです。
このため、創業以前から、市場調査に時間をかけ、大企業が参入しない、他社との競合がない、少ロットの微小振動計測器に絞り込んだのです。
ちなみに、同社では、毎月1回「製品開発設計会議」を開催しているのですが、参加者は部署に関係なく全員参加であることが特徴的です。
その理由は、新製品の開発力こそが同社の生命線だからであることもありますが、総務や営業・製造現場のスタッフでも取引先や電話等で受けた情報も新製品の開発のヒントになるからです。
こうしたこともあり、同社では、セクショナリズムなどもないどころか、全社員が広義の技術者なのです。
社員数約30名の中小企業ながら、理化学研究所やJAXA(宇宙航空研究開発機構)等からも、開発依頼があり、正にスモールジャイアンツといった企業なのです。
第3点は、過去の倒産を教訓に、社員とその家族の生活を守るため、無理な成長を追わない身の丈経営に徹し、安全重視、つまり財務重視の経営を続けてきたからと思います。
多くの企業が好む不動産投資や金融投資等、いわゆる財テクには、創業以来、一切、手を出さず、本業重視の経営を続けてきたのです。
こうしたこともあり、同社の自己資本費比率は既に85%を超えており、完全無借金経営であるばかりか、仮に売上高が4年以上ゼロだったとしても、社員の生活を守るための内部留保金を積み立てているのです。
筆者はよく「正しい経営は決して滅びない、欺瞞に満ちた経営はやがて滅びる…」と言っていますが、昭和測器の成長発展はまさに、正しい経営に対する神様のご褒美なのです。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。