小田急線の柿生駅からタクシーで10分ほど走った川崎市麻生区の住宅街の一角に、柿の実学園が経営する「柿の実幼稚園」がある。敷地面積は広大で1万坪、園児の数はなんと1,500名、先生の数も200名と、全国最大規模の幼稚園である。
当幼稚園の特長は、こうした規模もさることながらが、特筆すべきは、多様な障がいのある園児が、多数在園している点である。その数は、なんと約200名、このほか様々な理由で障がい者手帳を持たない園児たちが約100名と、合計では300名もいる。つまり、園児の20%、5名に1名は障がい児である。障がい児の在園している幼稚園は、少なからずあるが、柿の実幼稚園こそ、間違いなく日本一の幼稚園である。
加えて言えば、障がい児も軽度や中度の障がいのある園児たちもいるが、中には毎日、頻繁に吸引が必要な園児や全盲の園児、自閉症の園児、さらには横たわったまま移動せざるを得ない園児も多数いる。いやはや素晴らしい幼稚園である。
ところで、柿の実幼稚園の開園は、今から55年前の1962年、住職であった現園長の義理の父が、地域の要望を受け現在地でスタートしている。スタート時の幼稚園の規模は、約200名定員と、普通の規模の幼稚園であり、障がい児も現在のように多くいる幼稚園ではなかった。
しかしながら、開園以来の熱心な保育と良い保育環境が、保護者や園児の支持を集め、うわさを聞きつけた全国からの入園希望が相次ぎ、次第に規模を拡大せざるを得なくなり、現在の規模になっている。
障がい児の入園は、「みんなちがって、みんないい…」というスローガンのもと、開園当初から自然に行っていたが、今日のように多数の園児を預かるようになったのは、現小島園長の考えが大きい。
もともと、小島園長は神父を志したほどやさしい人であったが、入園希望者の中で、どこの幼稚園でも入園を認められない重度の障がい児も少なからずおり、「差別はおかしい…、正しくない…」と、周囲の心配もあったが、積極的に受け入れに動いたのである。
先日、当園を訪問した折、小島理事長から心温まるエピソードを聞くことができた。その一つは、大阪市に住む、障がい児の母親の話であった。ある年の入園相談会の日、憔悴しきった表情の一人の母親が、重度の障害のあるわが子の入園相談に来たときの話である。その母親が言うには、「当園に来るまで29ヶ所を回ったが、すべて断られ、当園で30ヶ所目です。どうか、わが子の入園を許可してください…」と、頭を地べたになすりつけるように嘆願をした。
小島園長はそのお母さんの話にじっと耳を傾け聞いていたあと、「お母さん、わかりました。心配いりません…、この幼稚園で引き受けますよ…。大変でしたね…」と、手を取りながら、ねぎらいの言葉をかけた。「その瞬間、そのお母さんの目から大粒の涙があふれ出ていました…」と話してくれた。
余談だが、その後、その園児とご両親は入園を機に、大阪から川崎に居を移したそうだ。こうした正しい・心優しい幼稚園が全国各地に多数誕生すれば、わが国の未来は明るい。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。