能力主義は正しくない

経営

先般、著名なハーバード大学の哲学者マイケル・サンデル教授の新刊『実力も運のうち 能力主義は正義か?』が早川書房から出版された。名著であり、多くの人々に一読を薦めたい。

詳細は本を読んでいただきたいが、同氏が言いたいことは、いわゆるエリートと言われる人々が求めている「能力主義は正義ではない」ということだ。

その根拠を「ハーバード大学やスタンフォード大学、あるいはマサチューセッツ工科大学など、アメリカを代表する一流大学の学生の約3分の2は、アメリカの上位二割の裕福な家庭の学生である。

つまり、勉学の努力だけで、これら一流大学に入学できたわけではない。多くの学生は貧しい家庭に生まれ、十分な学習機会、教育環境に恵まれていない。

こうした不平等社会がもたらしている能力主義は、正しくない」と言うのだ。そして、こうした正義ではない能力主義が、近年の社会の分断を生み、加速・拡大しているのだ」という。

筆者もこの考えに同感だ。筆者の語録で言うならば、「真の平等とは不平等に対しては不平等の扱いをすることであり、不平等に対して平等の扱いをすることは、平等ではなく不平等である」だ。

筆者はかねてより、同氏と同様「能力主義型人事制度」ではなく「年功序列型人事制度」を推奨したが、これは根も葉もないことではない。

と言うのは、筆者はこれまで8000社を優に超す国内外の企業を調査研究してきたが、「好不況に業績がほとんどブレない企業」、「社員の転職的離職が限りなくゼロに近い企業」「社内に温かい空気が流れ、お互い様風土が醸成されている企業」では、例外なく「年功序列型の人事制度」だった。

加えて言えば、ぎりぎりまで施設に入居させず、家族が家庭内で両親や祖父母の面倒を見ている心優しい社員や、重度の障がいのある子どもと生活する誠実な社員が、能力主義という人事制度の中で本領発揮できないのは当然だ。

本連載で繰り返し述べたが、企業経営とはスポーツに例えれば「個人戦」ではなく「団体戦」「チーム戦」だ。企業経営を個人戦的に運営したら組織はどうなるか…。

多くの社員は、自分さえよければと自利の行動に終始し、チームに所属する大切なメンバーの幸せの実現など考えなくなってしまう。そればかりか、組織は足の引っ張り合いはもとより、人の失敗を喜ぶような社風が蔓延していくだろう。

しかしながら、日本の多くの企業、とりわけ著名な大企業における近年の人事制度を見ていると、成果主義・能力主義のウエイトを一段と高めようという風潮にある。そしてこれが結果として、わが国企業の再生を一段と困難にしている。

もとより、能力主義型人事制度と同様、年功序列型人事制度が完ぺきとは思えない。つまりどちらがベターなのかだ。答えは簡単で、それは年功序列だ。年功序列は、学習機会や学習環境の違いは考慮に入れないからだ。また人間の最高欲求である「大切な人の夢・幸せの実現」に注力することができるからだ。

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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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