株式会社中村ブレイス~過疎のまちを再生する中小企業

経営

出雲空港から車で40分、山陰本線の大田市駅からは車で20分程走った、山あいの町に、博物館のような白い建物の会社があります。これが中村ブレイスの本社です。

私は仕事柄、日本中を旅していますが、これほど交通不便な街は、そうざらにはないと思います。
ともあれ、中村ブレイスは、この地で創業し、世界的中小企業になった今も、この地に本社を構えているのです。

中村ブレイスのある大森町(現在は合併し、大田市)は、戦国時代は、あの石見銀山があったこともあり、栄えた場所で、その人口も20万人を数えた時代もありました。しかしながら、銀山は堀り尽くしてしまい、閉山してしまいました。

基幹産業を失ってからは、多くの人々は、新たな働き口を求めて、街を次から次に脱出していきました。このため、人口は年々減少し、今はなんと約400人となってしまいました。

私が初めて中村ブレイスを訪問したのは、今から35年ほど前です。その日は、山陰線の大田市駅からタクシーで向かいました。中村ブレイスの周辺には、大型店どころか食料品店等小売店はもとより、喫茶店や映画館、さらには、レストランや対個人サービス産業など、全くといっていいほどない街並みでした。

乱暴に言えば、まるでゴーストタウンのような街でした。「私では、とてもこの街では暮らせない…」と、当時はよく思ったものでした。

しかしながら、近年は様変わりしているのです。街が蘇ってきたのです。

それは、五方良し経営を愚直一途に実践している、中村ブレイスの存在と、中村ブレイスの創業者(現会長)である中村俊郎さんたちの、地域再生への努力と苦労のたまものだと思います。

事実、中村さんたちの努力が実り、その後、石見銀山が、世界遺産に登録されるや、この地の存在と価値が発信され、観光客が徐々に入り込んできました。また、この地が蘇ってきたのは、何といっても、国内外に多くの顧客を持ち、人財吸収力が優れた中村ブレイスが、この間、この地を一歩も離れず、年々成長発展しているからと思います。

五方良し経営のモデルのような企業ですが、とりわけ同社が熱心に取り組んでいるのは、地域貢献・社会貢献事業です。創業者である中村ブレイスの中村俊郎さんが、価値ある仕事をすることで経営の成果を実現し、その私財を投下し、故郷の再興のために、様々な社会貢献活動や地域貢献活動をしているのです。

ちなみに、居住者がいない放置された古民家を、相手のいう条件で賃貸または購入し、そこを社員や起業家に提供するとともに、公共的施設にリノベーションをし、開放をしているのです。その数は既に60軒以上です。

数年前、同社を訪問した折、中村さんが本社近くの小さなパン屋さんを案内してくれました。その経営者はドイツで数年修業した一級のパン職人さんでした。アンテナの高い中村さんは、このパン職人の存在と、日本で起業を考えているという情報を得て「ならば大森町で起業しませんか…」と声をかけ、実現したのでした。

私が訪問した時もそうでしたが、お店を訪れる車のナンバーは、なんと、広島県・岡山県・山口県といった遠い地域からの顧客が多数を占めていました。
余談ですが、この古民家を改造した工房ショップも店の運営費も軌道に乗るまでという条件付きですが、中村さんが支援していました。

中村ブレイスの社員数は、現在80名なので、家族三人とすると240名になります。ですから、全員が大森町に住んでいると仮定をすると、大森町の人口のなんと60%は中村ブレイスの関係者ということになります。

中村ブレイスの創業である中村俊郎さんは、大森町出身です。京都の義肢装具メーカーで修業した後、さらに勉強したいとアメリカに単身渡り、技術を磨きました。その後、廃れ行く故郷を何とか再生したいと、あえて大森町に戻り、たった一人で起業したのです。

遅れましたが、中村ブレイスの主事業は、義手・義足・装具等の製造販売です。より具体的にいえば、事故や事件あるいは病気等で欠損してしまった腕や脚、さらには手や指・鼻・耳・女性の乳房等をオーダーメイドで製作している中小企業です。

とりわけ、中村ブレイスが高い評価を受けているのは「メディカルアート研究所」が手掛ける手や指、乳房の制作技術と思います。

私もすでに20回以上訪問させていただいているのですが、写真やリアルで、本物と同社が製作したものを見せていただいても、その違いが、ほとんどわからないレベルなのです。手でいえば、体毛や爪も付けられ、血管やシミは、アート技術者によって、外からあるいは内から見事に描かれるのです。

作業をするアート技術者のテーブルの横には、その手や指を一日千秋の思いで待っている人々の写真があり、語り掛けるように、黙々と作業をしていました。
 
日本の大半の市町村が人口減少に悩んでいる中、ここ数年大森町(大森地域)は、逆に人口が増加しだしたのです。

地域再生の最大のキーマンは、五方良し経営を実践する魅力的企業の存在なのです。さらにいえば、多くの関係者が言う「場所や交通条件」ではないのです。

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筆者紹介

坂本光司

アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長  坂本 光司(さかもとこうじ)
1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。

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