ベア実施企業が5割超え
厚生労働省が2024年10月28日に発表しました2024年の賃上げに関する実態調査によると、管理職以外で基本給を底上げするベースアップ(ベア)を実施した、または実施予定と答えた企業は52.1%と初めて5割を超えたとの報道がありました。
調査は、同年7~8月に労働者を100人以上雇っている民間企業1,783社からの回答に基づいており、ベア実施率は前年から2.6ポイント拡大し、比較可能な2004年以降では2年連続で過去最高を更新したようです。(2024年10月28日日経新聞記事より)
苦境続く中小企業のベア実施
もっとも中小企業は実施率が低く、価格転嫁などの賃上げに向けた環境整備が欠かせないとまとめられています。
このような外部環境のなか、そうは言っても簡単にベースアップは出来ないと感じている中堅中小企業の経営者の方も多いのではないでしょうか。
私が関与している顧問先の経営者も同じような悩みを抱えており、ベースアップはしたいが、その原資をどうするか、また、ベースアップに対応しないと新たな採用が出来ないという既存社員だけの問題ではなく、企業の存続に欠かせない採用にまで影響を及ぼしています。
ベースアップの原資は、言うまでもなく利益であり、売上を伸ばすか、人件費以外の経費を削減することで捻出することになります。
経費以外でもう一つ、削減の対象となるのが法人税や地方税といった税金になります。
国も賃上げを積極的に進めたいため、政策的に賃上げを実施した企業に対し、税額控除という形で税負担の軽減を進めています。
これは賃上げ促進税制といわれる制度で、当初の所得拡大促進税制という制度の導入から10年近く経っており、毎年のように改正が行われているため、正しく理解している方は少ないように思います。
中小企業向け賃上げ促進税制の制度概要
ここで改めて令和6年度の賃上げ促進税制を確認したいと思います。
まず、対象となる中小企業とは、資本金の額が1億円以下の法人ですが、直近3年間の平均所得金額が15億円を超える法人は対象外となり、また、大規模な法人に一定の出資を受けている法人も除外されます。
現在の賃上げ促進税制の制度は、法人の場合、令和6年4月1日~R9年3月31日までの間に開始する事業年度が対象となります。
どのくらいの賃上げで税額控除が受けられるのかといいますと、従業員等への給与、賞与の支給額が前年度と比べて1.5%以上増加している場合はその増加額の15%を税額控除することができ、2.5%以上増加している場合は、その増加額の30%を税額控除することができます。
しかし、税額控除の金額は、法人税の20%が上限となっています。
誤りやすいポイント
ここで、いくつか誤りやすいポイントをご説明します。
対象となる給与、賞与は、給与所得に該当するもので、退職金など給与所得とならないものは該当しません。
また、出向などで他社から補てんを受ける給与は支給額から除くことになります。
従業員にはパート、アルバイト、日雇い労働者を含めますが、使用人兼務役員を含む役員および役員の特殊関係者(親族など)は除きます。
上乗せ要件
現在の制度では、給与等の支給額の増加だけではなく、一定の要件を満たした場合、税額控除率の上乗せ制度があります。
上乗せ要件①
一つ目は、教育訓練費が前年度と比べて5%以上増加している、かつ教育訓練費が給与等支給額の0.05%以上である場合には、税額控除率を10%上乗せすることができます。
給与等の支給額の増加により、15%の税額控除ができる場合、合計で25%の税額控除が可能になります。
なお、教育訓練の対象者は、国内雇用者のため、使用人兼務役員を含む役員および役員の特殊関係者(親族など)は除きますので、注意が必要です。
上乗せ要件②
二つ目は、適用年度中にくるみん認定、くるみんプラス認定若しくは、えるぼし認定を取得したこと。
または、プラチナくるみん認定、プラチナくるみんプラス認定若しくは、プラチナえるぼし認定を取得している場合、税額控除率を5%上乗せすることができます。
くるみん認定とは、「次世代育成支援対策推進法」に基づき、企業が労働者の仕事と子育ての両立に関する「一般事業主行動計画」を策定し、行動計画に定めた目標を達成したなど一定の基準を満たした場合に、申請することにより、厚生労働大臣の認定を受けることができる制度です。
さらに認定を受けた企業が、より高い水準の取組を行い一定の要件を満たすと、特例認定(プラチナくるみん認定)を受けることができるほか、不妊治療と仕事の両立に係る「プラス認定」もあります。
認定の取得方法や概要については厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。
えるぼし認定は、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」に基づく制度です。
従業員の働く環境を整え、認定を受けることで税額控除率が上乗せされますので、従業員満足の向上と税額控除の一石二鳥となる取り組みです。
税額控除の繰越が可能に
これまでの制度では、給与等の支給額を増加させても、その事業年度の法人税が0円である場合は、税額控除が取れませんでした。
令和6年度の税制改正により、要件を満たす賃上げを実施した年度に控除しきれなかった金額は、翌年度以降に5年間の繰り越しが可能になりました。
これまでは、赤字見込みであれば、賃上げ促進税制の検討は不要と考えていましたが、今後は繰越控除ができますので、必ず検討すべきと言えます。
以上が概要です。
今回のコラムでは、概要のみとなっておりますが、その他に要件が細かく規定されていますので、必ず顧問税理士にご相談されることをお勧めします。
賃上げ促進税制の検討は計画的に
上述したように、ベースアップを実施したい企業にとっては、賃上げ促進税制の検討は必須といえますが、この検討は計画的に行うべきと考えます。
以前、実際にあった事例として、あと数万円支給額が増加していれば賃上げ促進税制が活用でき数百万円の税額控除が取れたのに、ということがありました。
事前に検討を行っていれば、その数万円を決算賞与に上乗せし、賃上げ促進税制の恩恵を受けることが出来たかもしれません。
そのため、賃上げ促進税制の検討は、事前に計画的に行うことをお勧めいたします。
筆者紹介
- アタックス税理士法人 代表社員 税理士 稲木 武雄
- ベンチャー企業から上場会社まで幅広い会社の税務顧問業務を担当、また、組織再編成実行支援といった特殊税務や相続対策などの資産税についても幅広く対応、総合的な税務コンサルタントとして活躍するプロジェクトマネージャー。
- 稲木 武雄の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。