2024年版「中小企業白書」第1部 第3章の「第6節 事業承継」においては、「後継者決定企業における、事業承継の際に問題になりそうなこと」として、「後継者の経営能力」とともに「相続税・贈与税の問題」や「後継者による株式・事業用資産の買い取り」が上位にあがっています。
※参考:中小企業庁2024年版「中小企業白書」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html
業績好調の会社は利益水準が高く、社歴の古い会社は利益の蓄積が大きいことから、これらの会社の株式の相続税評価額は高くなります。
そのため、後継者が決定している会社の事業承継では、子どもなどの親族内承継を中心に、相続税・贈与税の問題を重要課題として認識することも多いと思われます。
しかし、事業承継時の中小企業の株式にかかる重要な課題は相続税などの税金だけではありません。
それ以外にも考えておきたいことがあります。
「事業承継後も安心できる株主構成」のポイント
仕事柄、事業承継や株式承継について相談いただく機会が多いのですが、その中から一例を取り上げて確認していきましょう。
X社は社歴の古い老舗の会社です。昔から着実に利益を積み上げており、最近の業績も好調なので、株価もかなりの水準に達しています。
少し前に後継者も決定し、いよいよ事業承継を計画的に進めていこうという段階にありますが、その相談のなかで、X社社長から次の2つの要望がありました。
- 子どもが2人いるが、X社の株式は後継者の長男に承継していきたい
- 自分の妹や元役員が持っている株式のことも心配なので検討しておきたい
株主名簿を見ると、社長と後継者で80%を保有していますが、後継者はまだ3%程度です。一方で、社長の妹が15%、元役員が5%であり、X社の経営に関係がない株主の持ち株は20%になっています。
すでにお気づきかもしれませんが、社長から後継者への株式承継とともに考えておきたいことは「株主構成」についてです。
株主構成が事業承継後も「安心できるもの」になっているかがとても重要なのですが、その判断ポイントは主に次の2つと考えています。
- 社長・後継者で議決権を確保できているか
- 経営に関係がない株主はどの程度いるのか(許容範囲か)
この2つがクリアされていれば事業承継後の安定経営を期待できますが、そうでない場合は少し懸念が残るのではないかと思います。
①社長・後継者で議決権を確保できているか
株主の権利は大きく分けて、経営権にかかるものと財産権にかかるものがあります。
経営権にかかる代表的な権利が議決権で、株主総会に参加して提出される議案に対して賛成、反対を表明する権利になります。
例えば、取締役や監査役の選任には過半数の賛成が必要になりますし、会社の法律である定款を変えるときは3分の2以上の賛成が必要になります。
社長と後継者で十分な議決権を確保できていれば問題ありませんが、そうでなければ早めに一定以上の議決権を確保することが求められます。
安定経営のためには、社長と後継者で最低でも過半数(50.1%)、できれば3分の2以上(66.7%)を確保したいところです。
X社の場合は、社長と後継者で80%ですので、こちらは合格レベルであると言えるでしょう。
今後は遺言書や生前贈与などを活用し、後継者への計画的な株式承継を進めていくことになります。
②経営に関係がない株主はどの程度いるのか(許容範囲か)
株主の権利のうち財産権にかかる代表的なものが、利益配当請求権や反対株主の株式買取請求権です。
利益配当請求権は、利益を配当金として分配するように請求することができる権利です。
また、反対株主の株式買取請求権は、会社が合併などを行う場合にこれに反対する株主が、会社に株式を買い取ってもらうことを要求できる権利です。
X社は、これまで大きなトラブルはありませんでしたが、将来は分かりません。何事もなく過ぎるかもしれませんし、何かのきっかけでトラブルが起こるかもしれません。
また、現在の株主とは良好な関係であったとしても、その株主に相続が発生した後は株主の数が増えて株式の分散が進む可能性もあり、これまでと同じような関係が維持できるかどうかは分かりません。
許容範囲かどうかは個別の状況や考え方で異なりますが、X社の場合、社長の妹と元役員の2名とはいえ、経営に関係がない株主の持ち株が20%あります。
良好な関係を維持しながら、後継者が少しずつ買い取るなど安定経営に向けた対策を検討する必要がありそうです。
株主構成は安定経営のための「土台」
中小企業にとって株主構成は安定経営のための「土台」のようなものです。
業績好調でも、土台が不安定になったら会社の経営に専念できなくなり、業績に影響が出ることも十分に考えられます。
強い土台にしておくことは、事業承継の要諦のひとつなのです。
まずは、事業承継後の安心できる株主構成を描くことです。そして、現在の株主構成とのギャップを把握し、見直しに向けての課題をまとめ、その解決策を検討するのです。
早めに検討することで、事業承継時の株式にかかる課題を網羅的につかみ、短期的に改善を行うこと、中長期的に取り組むべきことなどが整理でき、計画的で円滑な事業承継につながります。
将来の安定経営を目指して、会社の株主構成について、いま一度確認いただきたいと思います。そして、株主構成に不安を感じるときは顧問弁護士や顧問税理士に早めに相談することをお考えください。
アタックス税理士法人の事業承継支援サービス、財産承継支援サービスにご関心のある方はこちらからお気軽にお問い合わせください。
筆者紹介
- アタックスグループ シニアパートナー アタックス税理士法人 代表社員 税理士 磯竹克人
- 税務・会計の業務を中心に数多くのクライアントに対する指導実績を持ち、親切で分かりやすい指導が厚い信頼を得ている。 現在は、その豊富な知識と経験を活かし、課題解決型税務支援、事業承継支援、事業再構築支援などを中心に、多くのクライアントの課題解決にあたっている。中堅・中小企業の“参謀役”として活躍中である。