新大阪駅から車で1時間ほど走った岸和田市の小高い丘に、株式会社廣野鐵工所という社名のものづくり工場があります。
もともとは、泉大津市の臨海部に立地していた企業ですが、今から8年前の2017年、現在地に移転したのです。
その最大の理由は、立地している場所が、将来発生するといわれている巨大な南海トラフ地震の影響をもろに受ける地域であるため、「社員の生命と仕事を守るため」に、あえてこの高台に全面移転したのです。
同社の主事業は、農業用機械のエンジンやトランスミッション等、心臓部の部品や各種機械の精密部品加工です。
ちなみに、最大の取引先は、農業機械メーカーの「クボタ」です。こういうと、クボタの多くある協力企業の1社なのかと勘違いをする読者がいるかもしれませんが、それが全く違うのです。
同社の技術力・管理力・提案力は、数ある中小企業の中でも抜きんでており、明らかに両社の関係はタテではなくヨコであり、両社は互いに無くてはならない強く・深い関係が構築されているのです。
同社の創業は、現社長である廣野幸誠氏の祖父が、終戦の混乱期であった1945年に、他の多くの企業がそうであったように、部品加工の工場(下請企業)として堺市で、個人でスタートしました。
翌年、運よく久保田鉄工(現クボタ)からの単発でしたが、部品加工の注文を受けたのです。その仕事は、面倒で手間暇かかる加工でしたが、誠実に対応をしたことがきっかけで、信頼と評価を高め、取引がスタートしました。
以後、今日まで両社にとって最有力パートナー企業として共に成長発展し、現在では本社工場のほか、宇都宮や中国の上海にも工場を有しています。
同社のこれまでの成長発展の要因は、同社が長年培った高度な生産技術力や生産管理力、さらには営業技術力ですが、より重要な要因は、同社がこの間一貫し、「社員とその家族第一主義経営」を愚直一途に行ってきたからと思います。
その結果、優秀な人財が集まり、育ち、かつ、社員のモチベーションが高く価値ある仕事が創造されているのだと思います。同社の社員とその家族思いの経営は、様々な場面でちりばめられています。
数年前、親しい大阪の経営者さんと同社を訪問し、廣野社長の話を聞くとともに、本社工場の隅から隅まで案内していただきましたが、ハード面・ソフト面を問わず、「ここまでやるのか…」と、感嘆・感激することばかりでした。
定年のない雇用制度や社員やその家族に対する、あれもこれもの充実した法定外福利厚生制度等もそうですが、ここでは工場の就業環境や福利厚生施設について紹介します。
同社の本社工場は、甲子園球場の約2倍の25,000㎡の広い敷地の中に、13,000㎡の2階建てです。その高い天井のあちこちには、巨大な最新の空調機が無数取り付けられていたばかりか、工場内の照明は全てLEDであり、工場内は明るく快適な環境でした。
一般的に、本社事務所はともかく、高額な巨大な空調設備や電気代等を考えると、広い工場の全てにエアコンを設置してある工場はそうざらにはありません。これも、全社員が快適な環境で健康に留意し、良い仕事をして欲しいと、廣野社長は考えているからです。
余談ですが、その電気代は、工場の屋根一面に敷かれたソーラーパネルで、その約50%が賄われているといいます。
また、一般的に、生産に直結した部署はともかく、生産工場と総務や営業といった事務の部署は別棟にあったり、工場の2階や工場内の見えない壁で仕切られた別室というのが大半です。
しかしながら、同社は、生産現場も総務等管理部門も、全てワンフロアであり、また事務室と工場も、お互いが見えない壁ではなく、全て透明のガラス窓で仕切られているのです。まさに、直接部門も間接部門もない全社員の一体感が強く感じられる空間なのです。
これを見ても、同社が生産現場で働く社員をとりわけ大切にしていることが良くわかります。
同社は、こうした現場を最優先した生産環境も立派ですが、社員のための福利厚生施設も見事です。筆者は、どんな企業に訪問させていただいた折にも、必ず、生産現場はもとよりですが、社員食堂やトイレ、更衣室、さらには休憩室等、社員の心身を癒す空間である福利厚生施設を意識して見ることにしています。
というのは、それを見れば、経営者が「何を大切にしているか」「社員を本当に大切にしているか否か」といったことが、すぐにわかるからです。
多くを語ることはできませんが、これも見事でした。見晴らしの良い本社工場の2階は、大半が社員のための福利厚生施設でした。
広い美しい社員食堂やウッドデッキは、まるでどこかの一流ホテルのレストランのようでした。そこで、提供される料理も、専門の業者に厨房を任せ、社員の健康を考えたメニューを見ただけで、食べたくなるような料理ばかりでした。
また、社員の健康のため、社内に用意したトレーニング機器は、どこかのスポーツジムに来たかのような最新鋭の機器がずらりと並んでいました。
より、驚かされたのは、素敵な社員食堂のテーブルと椅子でした。その木製のテーブルと椅子は、全て、工場近くの小さな家具業者に特注し、椅子には、それを使用する社員の名前まで書かれていたのです。
これまた余談ですが、椅子は社員が会社を引退(退職)する時に、記念に自宅に持ち帰るといいます。
こうした口先だけではない、心を込めた社員思いの経営は、社員の心をしかと捉え、社員の愛社心と社員のモチベーションを飛躍的に高め、結果として全社員が価値ある仕事を創造・提案し続けているのです。
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筆者紹介
- アタックスグループ 顧問
経営学者・元法政大学大学院教授・人を大切にする経営学会会長 坂本 光司(さかもとこうじ) - 1947年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長等を歴任。ほかに、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員長等、国・県・市町村の公務も多数務める。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。これまでに8,000社以上の企業等を訪問し、調査・アドバイスを行う。