(1)香港国家安全維持法の影響
米中対立が高まる中、中国への返還から23年となる2020年7月1日の前日、貿易等の拠点や国際金融センターとしての地位にある香港で「香港国家安全維持法」が施行されました。
これにより香港の高度な自治への懸念が高まり、国際的なビジネスや金融センターとしての地位が危ぶまれる声が多くなっています。
実際、香港在住の一部の富裕層の個人や企業は海外へ脱出し、あるいは、資産を海外に分散させるなどリスクヘッジする動きを強めています。
1997年に中国への返還が行われて以降、中国は、香港を「特別行政区」として、
一国二制度を50年間維持すると公約してきました。
その結果、自由経済が発展し、今では、貿易等のビジネスの拠点として栄え、
ニューヨーク、ロンドンに次ぐ国際金融センターの地位を確立しました。
特に、税制面においては、中国と異なる税制が維持され、法人税や個人所得税の税率が低いこと、株式への譲渡益課税や銀行預金の利子に対する源泉徴収もないことから多くの企業や個人が香港の利便性を享受してきました。
また、香港は、資本市場として中国企業の資金調達においても優位性を持ち、
実際に、2019年の香港株式市場は、世界最大の資金調達額を達成しています。
さらに、金融仲介業においても厳しい中国の資本移動規制の下、最も効率的に中国本土との取引を行うことができ、国際金融センターとしての地位は不動のものとなっています。
しかし、今回の「香港国家安全維持法」の施行は、香港を拠点とする多くの企業や個人にとって大きな憂いとなっています。
日本の富裕層や企業にとっても他人事ではありません。
今までと同様に従前の税制が維持され、活動拠点や投資先としての価値が維持されるのか、今後の動向は極めて不透明な状況です。
(2)シンガポールは香港に代われるのか
こうした不透明感が高まることで同じアジアにおける貿易・国際金融センターであるシンガポールが香港に代わって役割を果たしていくという見方もあります。
香港とシンガポールは、企業や個人にとって税制上、「低税率」という面では同じ大きなメリットがあります。
個人所得税の最高税率は香港が15%、シンガポールが22%であり、法人税率はそれぞれ16.5%、17%です。
他の先進国、アジア諸国・地域と比べてもかなり低い税率となっており、今回の動きを受けて香港から資金をシフトする場合、シンガポールは一番の有力な候補先となります。
ただ、金融仲介業務や企業の資金調達面では香港からシンガポールへのシフトはそんなに簡単ではないとも言われています。
香港の背後にある中国マネーを活用する利点は容易に代替が利くものではないからです。
中国との取引関係が深い企業や投資家にとって香港からの撤退という選択はそう簡単なことではありません。
(3)日本の富裕層や中堅中小企業が考慮すべきこと
しかし、党と国家の政策によって制御される社会主義市場経済体制が、これまで香港にあった資本主義経済にどう干渉してくるのかは未知数です。
実際、多くの民主活動家が逮捕され、指名手配される状況では、今後の自由な経済活動や投資に対してなんらかの制約を連想せざるを得ません。
したがって、日本の富裕層やアジアをマーケットとする中堅中小企業は、資産保全のポートフォリオやビジネス継続のための手段として、シンガポール等へのシフトを中長期の課題として検討すべきだと思います。
今後は、政治的な動きを睨みつつ、香港の経済的な地位がどうなるか、香港での現在の投資やビジネスの展開を慎重に見ていく必要があると思います。