日本の居住者(個人)が保有する外貨預金(例えば、ドルなど)を日本円に転換した場合、又は他の外国通貨と交換した場合には、為替差損益を雑所得として認識する必要があります。
ここでは、保有する外貨預金を払い出し、外国にある貸付用の不動産を購入した場合にも、為替差益が認識されることにより雑所得が発生する可能性があることについて触れたいと思います。
1.外貨預金(ドル)を保有(A銀行とB銀行)していて、その資金の一部を用いて海外不動産を取得した場合の事例
実行年月 | 実行内容 | 預入銀行 (取扱銀行) |
取引した ドルの金額 |
取引時点での、 1ドル当たりのレート |
日本円相当 | |
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① | H30年3月 | 円からドルへの交換と預金の預入 | A銀行 | 100万ドル | 1ドル=100円 | 100百万円 |
② | R4年3月 | 円からドルへの交換と預金の預入 | B銀行 | 60万ドル | 1ドル=116円 | 69.6百万円 |
③ | R4年5月 | A銀行から70万ドルを引出、B銀行へ預入 | A銀行⇒B銀行 | 70万ドル | 1ドル=130円 | 91百万円 |
④ | R4年9月 | 米国内にある不動産を購入 | B銀行 | 130万ドル | 1ドル=140円 | 182百万円 |
A銀行に米ドル建で預け入れていた預金100万ドルのうち70万ドルと、B銀行に預け入れていた預金60万ドルを払い出して、米国内にある貸付用の不動産を130万ドルで購入するという事例です。
当初預け入れていた外貨預金の1ドル当たりのレートよりも、不動産購入時のレートが円安になっています。
ここで、外貨建の預金により不動産を購入した場合には、「不動産購入時の円換算額」と「その購入に充てた外国通貨を取得した時の為替レートにより円換算した金額」との差額(為替差損益)は雑所得として認識する必要があります。
具体的に計算してみましょう。
2.為替差損益(雑所得)の計算
外国通貨の取得が複数回ある場合の為替差損益の計算については、
所得税法施行令第118条第1項《譲渡所得の基因となる有価証券の取得費等》の規定に準じて、総平均法に準ずる方法によって求めた1単位当たりの価額を基に計算するのが相当
とされています。
したがって、前述の事例の為替差損益は以下のように計算されることになります。
{①100百万円(A銀行)+②69.6百万円(B銀行)}÷160万ドル=106円
●上記レートから計算される為替差損益の金額
(140円-106円)×130万ドル=44.2百万円
なお、この事例では外国通貨の取得が2回だけのため計算が単純ですが、頻繁に為替取引を行っている場合、あるいは、多数の外貨口座を保有している場合には、計算が煩雑になることも想定されます。
※国税庁HP タックスアンサー「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して貸付用の建物を購入した場合の為替差損益の取扱い」を参照。
3.別の銀行に預け直した場合、為替差損益は認識すべきか?
なお、今回の事例では、貸付用の不動産を購入する前に、A銀行から外貨預金70万ドルを払い出し、B銀行へ外貨預金を預け入れています(上記表③)。
この③については、為替差損益を認識すべきなのでしょうか?
まず、
外貨建預貯金として預け入れていた元本部分の金銭について、①同一の金融機関に、②同一の外国通貨で、③継続して預け入れる場合の預貯金の預入については外貨建取引に該当しない(よって、為替差損益を認識しない)
こととされています。
また更に、他の金融機関へ預け入れる場合であるとしても、同一の外国通貨で行われる限り、実質的に外国通貨を保有し続けている場合と変わりがないことから、為替差損益を認識しないとすることが相当と考えられています。
したがって、③については為替差損益を認識する必要はありません。
※国税庁HP タックスアンサー「外貨建預貯金の預入及び払出に係る為替差損益の取扱い」を参照。
4.雑所得内での損益通算・確定申告の要否
次に、為替差益が認識される場合の確定申告等について見ていきます。
まず、
給与等の収入金額が2,000万円以下である給与所得者が、1か所から給与等の支払を受けており、その給与について源泉徴収や年末調整が行われる場合において、給与所得および退職所得以外の所得金額の合計額が20万円以下であるときは、原則として確定申告を要しない
こととされています。
したがって、為替差益が20万円を超える場合には、原則として確定申告が必要となります。
一方、為替相場の状況によっては、為替差損が生じるケースも考えられます。
この場合、雑所得の計算上生じた赤字は、他の所得の黒字から差し引くことは出来ませんが、他の雑所得との損益通算は可能とされています。
他の雑所得の例示としては、公的年金等による年金収入を思い浮かべますが、それ以外として、事業から生じたものと認められない程度の、動産や金銭の貸付け、原稿料や講演料等に係る所得なども含まれます。
※損益通算については、「個人の所得税を少しでも抑える対策とは?~損益通算を活用してみよう~」で解説しています。
なお、雑所得のマイナスについては翌年以降の確定申告に繰り越すことはできませんので注意が必要です。
5.為替差益を抱えた外貨預金を保有している場合の留意点
国税庁のタックスアンサー「預け入れていた外貨建預貯金を払い出して貸付用の建物を購入した場合の為替差損益の取扱い」では、
外貨建の預金をもって貸付用の建物を外貨建取引により購入した場合には、新たな経済的価値を持った資産が外部から流入したことにより、それまでは評価差額にすぎなかった為替差損益に相当するものが所得税法第36条(収入金額)の収入すべき金額として実現したものと考えられます
とあります。
これを読むと、既に預け入れていた外貨預金を使用せず、新たに外貨預金を調達し、貸付用の建物を外貨建取引により購入した場合は、預け入れていた外国通貨の為替差損益は実現するのか?否か?という疑問が生じます。
そもそも、新たに取得した外国通貨によって外国資産を購入しただけでは為替差損益を認識することにはなりません。
将来、その外国資産である土地・建物や株式などを譲渡した段階で、そのキャピタルゲインと為替差益を一緒に譲渡所得として課税します。
法人税においては、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に基づいて、外貨預金を邦貨換算し、為替差損益を認識することになるのに対し、所得税は青色申告者等の記帳義務がある場合以外の人は、邦貨換算した帳簿価額としての外貨預金の残高を把握する仕組みにはなっていません。
この考え方の相違も個人の為替差損益の認識を困難にしている要因となっています。
とはいえ、将来、為替差損益となりうる評価差額を外貨預金が孕んでいることは間違いありません。
今後、急激な円安環境がどの程度続くかはわかりませんが、外貨預金を保有する個人の方は、為替相場の動向を踏まえて、保有する外貨預金を円転する場合、もしくは外貨預金で外国の不動産や株式等に投資等した場合において、どの程度の為替差損益が生じて、結果として、いくらの税金がかかることになるのか事前に検討しておくことをお勧めしたいと思います。
アタックス税理士法人 税理士・CFP 松岡 聡
1998年 三重大学卒。中小企業から上場企業まで幅広い法人顧客を担当。顧客のあらゆる経営課題に対応すべく、資産税や組織再編などの特殊税務に関する支援にも携わる。